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高度なエネルギー域

この宇宙は慈愛に満ちた世界だということを忘れないでください。
宇宙はあなたの味方です。
自分の不調和に満ちた世界にとどまらず、宇宙の調和とともに生きることを決心した人には大宇宙のあらゆるエネルギーがその人を助けるために集まってきます。
宇宙は、あなたが孤独な殻に閉じこもっていることを望んではいません。
宇宙は、あなたが創造のパートナーとなることを望んでいます。

         バーソロミュー

―――――

高度なエネルギー域

今、緊急事態にあるのは地球界だけではありません。
天になされるがごとく地にもなされる、と言われるように、上と下とはお互いを反映しあいます。
そういう事情のもとで、今まで語る必要がなかっだ話題について、その時期が来たのでお話したいと思います。

私はこれまで何度も、あなた方が自分の人生に注意をはらう必要性について話してきました。
今日は、もうひとつ、同じように真剣に考える必要があることについて話したいと思います。
現在、これまでにない大量のエネルギーが地球界に送られてきており、人間がそれを吸収し、自己変革を行い、覚醒するように助けている、ということは以前にもお話しました。

これをあなた方は「ニューエイジ(新時代)と呼んでいますが、私たちは「高度なエネルギー域」と呼んでいます。
この高度なエネルギー域があなた方にとって問題なのは、それが何を含んでいるかを知らないからです。
もちろん、それがわかっていたら、「高度な」とは言えないし、あなた方が今感じているエネルギー域と似たものになっているはずです。

高度なエネルギー域は、人間が過去数千年のあいだ受け継いできたやり方とはちがう方法で生きるよう、人間たちをうながしています。
すなわち、あなた方ひとりひとりが、それぞれのやり方でこのエネルギーを受け入れられるように、新しい道を築きはじめなければならないということです。

多くの人が現在、この多量のエネルギーを感じ、もてあましています。
混乱したり、わけがわからなくなったりして、しかも、なぜそうなったか理解できないと感じています。
自分の人生で、特に大混乱を起こさせるようなことも起きていないのに、長いあいだ当然のことであったことが、日常生活のなかで変化してきています。
夫婦関係などの人間関係や仕事が、生きることそのものが、何だかむずかしくなってきています。

あなた方は、高度な意識や拡大された意識を求めてきました。
これまでの限界を破り、新鮮さ、パワー、刺激を感じて生き生きしたいと望んでいます。
このような願いに応えて、私たちは高度なエネルギーをあなた方に送っているのです。

現時点では、あなた方はまだ、このエネルギーを自分の肉体に取り入れる方法を持っていません。
今のままの状態で取り入れると、体がメチャクチャになってしまいます。
長いあいだ瞑想をつづけてきた人でも、もう静かに瞑想できなくなっています。
瞑想しようとすると、まわりがザワザワしはじめ、イライラしたり、落ちつかなくなっています。

アメリカ・インディアンの霊験修行スウェット・ロッジ(テントの中央に焼け石をつんで水をかけ、サウナのような状態にしておこなう儀式)をする人も、何かが欠けていると感じるときがあります。
このようないらだちを、人々は物質的な方法で解決しようとしているのを、私は知っています。
スウェット・ロッジの焼け石を増やして、もっと熱くしたり、瞑想の時聞を長くしたり、もっと静寂にしているように努力したりしています。
定期的に祈る人はいつもより熱心に祈っています。
こうしたことはどれも効果がありません。

しかし、では、どうすればいいのでしょうか。
これまでより高い振動数のエネルギーを受け入れることができるように、肉体のなかに新しい取り入れ口を築かなくてはならないのですが、これは人それぞれによってちがいます。
人間は不可思議に満ちたすばらしいパワーセンターであり、鋭敏な感覚を持ったエネルギーの発火点が体のいたるところにあります。
人はこれらの発火点の感覚をほとんど失っています。
通常は、それは問題にはならないのですが、この新しいエネルギーがやってくるときには、それがこれらの発火点にぶつかり、肉体を激しくゆさぶります。

世界中の人々が、このエネルギーの増加に対してそれぞれのやり方で対応していますが、ほとんどの人はどうしていいかわかっていません。
今後、この新しいパワーは、天候から人々の日常生活まで、実に多くのことを変えるでしょう。
今日はこのことについてお話したいと思います。

このエネルギーの増加に対処する方法を見つけないと、あなたにとって本当に大切な人や大切なもの(夫婦関係や恋人との関係、仕事や家族など)が、一触即発の不安定な状態になっていくのを発見することになります。
エネルギーがますます強くなっていくので、エネルギーを不用意に扱うことはもう許されません。
いいかげんであることはもう許されません。
だからといって、自分の人生がメチャクチヤになりかけているのに、自分には問題がない、自分の人生はうまくいっていると思いなさい、と言っているわけではありません。
自分自身や他人をだませと言っているのではありません。
私が言っているのは、次のことを考えてほしいということです。

つまり、人間の心理構造には自分自身を検討するという能力がそなわっており、この時期にあたって、その能力を前面に出す必要があるということです。
パワーが増加しつづけるこの時期にあって、自己を検討することなしには、あなたはこの世界で生き生きと、ダイナミックに動いていく道を見つけられず、よどんで固まった他人のエネルギーの壁にぶつかるだけです。

「あなたのまわりで起こる問題のすべては、あなたを反映する鏡である」
ということを信じる必要があります。
これまで自分で見ることを拒否していた、自分の意識の部分を見せてくれるよう、あなた自身がこうした出来事や人々を自分の人生に引き寄せたのです。
これはたとえば、いやらしい男に出会ったからといって、あなたもいやらしい、という意味ではありません。
それは、あなたがいやらしい人間を批判しているということを意味します。

そして、断言しますが、自分の心のどこかで他人を批判する者は、自分自身をも批判しているのです。
そして、この点こそが――他人を批判することで他人に優越感を感じる必要を持つ、そういうあなたの部分こそが、あなたがしっかり吟味すべきところなのです。

人を批判するたびに、自分がしていることを理解してください。
そういうとき、あなたは他人の上に立って、その分少しでも高くなろうとしているのです。
「高い」というのは、この場合、世間の基準ではなく、自分にそう思えるということです。
批判するとか、裁くというのは、人間が持つ性質のなかでも、最も人とのあいだに対立を起こさせるものです。
なぜなら、裁く心は何としてでも、自分のほうがすぐれていると証明しようとするからです。
けれども、ここであなたがしようとしていることは、本当は、自分が相手と対等だと感じたいということにすぎません。

自分が本当に相手よりすぐれていると知っているなら、その人は慈しみの心を持つはずです。
そういう人は、人を裁くことによっては何事も癒されない、ということを知っているからです。

裁きの心は、どんなときにも、誰をも、何事をも、癒しません。
裁きの心は人を殺します。
自分のまわりの人々をあれこれ批判する人は、自分自身に対する批判の心を、見えないところにおし隠そうと必死になっている自分に気づく必要があります。
人の心理構造のなかには、自分の内面を見つめたくない部分があって、代わりに外界に目を向けるよう仕向けるのです。

人を裁く人は、慈しみの心を持ちません。
このふたつは共存できないのです。
慈しみの心を持つ人は、人を裁くことができません。
その人は、自分の前にいる人が今、それ以外のどんな行動もとることができないということを、慈しみの心で理解しているからです。
さらに、あなたの意識のなかには、他人の目から見ると、まちがっていると判断できる部分が必ずあるので、あなたは自分のやり方を他人に強制することはできません。

人を裁くというのは、なぜそんなに重要な問題なのでしょうか。
それとエネルギーとどんな関係があるのでしょうか。
人を裁く心が裁く人を殺すのは、それがその人を肉体のなかに閉じこめてしまうからです。

人を裁いているときに、人はその行為を自分の意識のなかや肉体のなかに感じることができます。
ハートのセンターに、重石がのっているような気がすることがあります。
裁きは、別の表現をすれば、愛の欠如です。
そして、この愛の欠如はその人のエネルギーを奪い、その人を自分自身のなかに閉じこめます。

エネルギーには拡張と収縮のふたつの動きがあって、外側へ出ていくか、内側に破裂するかのどちらかです。
人を裁くことによってエネルギーが内で破裂しているときには、その人は自分自身のなかに、すべてのパワーを閉じこめてしまっています。
もしこのパワーを解き放つことができていたら、その人の問題が何であれ、その本質を知り、理解する助けになったはずです。
けれども、自分自身の心のなかで他人に対する批判にしがみつき、エネルギーが自分のなかを自由に流れるのをきまたげているために、自分の問題の本質を理解することが不可能なのです。

このようなエネルギーのさまたげは、今までとはちがう体験をもたらします。
お金を失いはじめたり、お金が入ってこなくなったり、健康がすぐれなくなったり、友人や物を失ったりしはじめます。
これらのすべてが一度に起きるわけではありませんが、エネルギーの収縮が何をもたらすか気をつけていてください。
まわりからだんだん人がいなくなり、入ってくるエネルギーがだんだん少なくなり、その人の命は内部に向かって破裂しはじめます。
日常の何でもないことさえもむずかしくなります。

朝起きて、その日一日をすごすことさえむずかしいと感じている人は、自分の心理構造のどこかの部分で、怖れのために自分を狭い、小さな存在としてしか見ていないことに気づいてください。
怖れる必要はないのです。
あなたという存在には何百という部分があり、そのひとつの部分が暗闇のなかにあるからといって、あなたはもう不可思議に満ちたすばらしい意識存在ではない、ということではないのですから。

ただし、あなたはこの暗闇のなかに入り、その色や性質、内容、感覚、形などを見つけだすことができるのだ、ということに気づかなければなりません。
暗闇には形があります。
物体なのです。
感覚を持っている生きものです。
それは存在しています。

それは過去世が原因のこともあります。
その過去世では、極度の圧政と困窮のなかで生きなければならず、そのような時代を生きぬくには、人は一定の厳しい行動様式にしたがわなければなりませんでした。
そのような拘束された生き方をすることで、生きのびることができたのです。

ここでそういう厳しい時代の話を少ししてみましょう。
盗みを例にとります。
ほとんどの人は、自分の子供や家族などを飢え死になどさせないために、法律を無視して盗みをした過去世を持っています。
そこで、自分の良心に向かって、「自分が愛する者の面倒をみることのほうが、国の法律よりも大切だ」と言います。
あなたはこのような便利な考え方を抱いたまま、その後いくつもの転生による人生を経験します。
そして、その考え方に何の不都合も感じませんでした。
ところが、その考え方が今の人生にもいろいろな形で現れてきています。
オレンジやリンゴを盗む代わりに、不動産屋は小さなウソをつき、会社員はほんの少しごまかし、主婦は夫からちょっとお金をだまし取ります。
みんなほんのちょっとしたことなのですが、こういうことがあちこちに起きています。
こんなことはべつに自分にとってどうということもない、と人は考えます。
ささいなことで、誰も傷ついていないと思っています。
けれども、実際は傷ついているのです。

これらの行為は心の内部にとどまり、あなたを静かに徐々に破壊しています。
ですから、自分の時間を見ないようにするためにあなたがすることは、他人の暗闇を見つけて、それを使って、どんな問題を引き起こせるか試すことです。
それがあなたの役に立つときもあります。
あなたの友人にとっても、自分の時間についてあなたから聞くほうが役に立つかもしれないし、役に立たないかもしれません。
それよりもっと役に立つのは、自分が他人をひどく批判しているときには必ず、自分で見たくないと思っている、自分自身に対する批判があるのだということに気づくことです。

あなた方は長いあいだ、意識の拡大をはかるために、もっと多くのエネルギーが与えられるよう切に願ってきました。
そして今、そのエネルギーが存在しています。
今こそ、注意をはらうときです。
特にこの時期は、人を裁く心は自分の意識を殺すものだと理解するまで、あなたはこのエネルギーのパワーや美しさを体験することはできません。

裁きの心のせいで、あなたは、自分のなかにあるダイナミックで不可思議に満ちたパワー、自分の完全性というものを感じることができません。
裁く心が、あなたとのあいだに立ちはだかっています。
すべてを手に入れるために、どんな危険をおかしてもいいと思うのであれば、自分の暗闇がどんな形をしているか見つけてください。
あなたの友人に聞けば、それがわかります。
すばらしいことに、あなた方はお互いにとってガラスばりです。
お互いのなかまではっきり見えます。
みんなこの世でうまく生きていきたいと思っているために、防御意識が働いて、お互いをせんさくするのが上手になりました。
ほかの人間がどこにいるのか、彼らの強みは何で、弱点は何か、いつ攻撃すべきか、もし攻撃するとしたらどんな方法がいいか、などを知らなくてはなりません。
あなた方は外の世界をうまくわたっていて、その経験から互いをよく知っています。
自分の時間に大胆に足を踏みこんで、それを見つめようと本気で思うのなら、自分を心から愛してくれていると思う人々に、自分の時間が何であるか教えてくれるよう頼んでごらんなさい。
あなたを愛している、と口で言うだけの人々には聞かないことです。
そういう人たちは、彼らがあなたに望む暗闇について話すだけですから。

あなたが心の底から信頼できると思う友人を選んでください。
そういう人は、あなたが自分のあらゆる面を見たいと心から望んでいることを理解し、助けてくれるはずです。
自分を愛してくれる人々を見つけ、これは、自分がその人たちに頼むことのなかでも最も大切なことであると告げることです。

あなたに信頼できる本当の友人がいるならそして勇気があるなら聞いてごらんなさい。
人の意見を素直に聞けるよう、心を開いて尋ねてごらんなさい。
人の意見を聞くとき耳が痛くなったり居ごこち悪くなったり逃げだしたくなったりするかもしれませんがじっと聞いていてください。
まるで意識のなかでベルが鳴るかのように友人の言うことが本当かどうかわかります。
彼らはあなたをだますことはできません。
あなたの意識がオープンでパワフルな状態であれば、言葉がやってきたとき体がそれに呼応します。
それは体で感じる感覚であり、聞いている内容が真実であることがわかります。
のどやみぞおちや肩のあたりに緊張を感じます。
そして肉体がそれを吸収しているあいだ、どうか心を開いて、深く呼吸してください。
内にこもらないでください。
素直に心を開き「大丈夫。心配しなくていい」と自分に言い聞かせてください。

自分は完壁だというふりをするのはもうやめるべきです。
あなたが完壁だったらあなたはこの世にいる必要はないのです。
あなたのエネルギー域が完全にバランスのとれたものであったなら、あなたの波動はとても高すぎてこの地球界にとどまるのがむずかしいはずです。

ですから愛する人があなたの暗闇について語るのをじっくり聞いてください。
では、そういう友人や愛する人を持たない人は、どうすればいいのでしょうか。
自分の暗闇をどうやって見つければいいのでしょうか。

そういう人は勇者の道、孤独な道を選んでください。
厚いノー卜を買い、自分について、以前から真実だと感じていたけれども、なかなか直面する勇気がなかったことについて、毎日少しずつ書くのです。
自分の弱さをくり返し自分に認めさせるのです。
この過程のなかで、自分が今弱さに負けそうだ、という危険に気づくだけの強さを得ることができます。
その瞬間、自分の意識のなかにある他の部分、自分の存在のなかにある強くて、明解な部分に助けに来てくれるように頼むことができます。
この書きとめる作業を毎日毎日くり返していくうちに、書くという知的作業が、いつのまにか深い直感的作業へと変化し、内なる真理が自然にわき上がってくることに気づくでしょう。
何度も何度も、このような内なる真理が、頭を通さずに自然に浮かんで出てくるようになります。

これは、その人の特定の部分が見えるように直感が導いてくれている、ということにすぎません。
そして、これはおだやかな方法でなされます。
自分という存在を信頼していいのです。

本人に受け取る準備ができるまでは、どんな情報も与えられません。
ですから、この情報は、そっとあなたをうながしたり、優しく顔を出したりして現れます。
真理が書かれたときには、これがそうだとわかります。
そのときは、あなたの心の天空――あなたの存在の天空に鐘が鳴りひびき、あなたはそれを聞いて真実だとわかるのです。

自分の弱い部分がはっきりすると、次は新しい生き方をするための方法を探すことです。
これまでの自己像が真のあなたでない、と言いきることができるようになるには、自分をどのように定義し直したらいいでしょうか。
特にこういうときには、まわりの世界が鏡となってはね返ってきます。
ちょっと目にとまった本のなかに役に立つことが書かれていたり、誰かと話していて、その人があなたの深い部分をゆるがすようなことを言ったりします。
夢や白昼夢を通して、直感があなたを目覚めさせるようになります。

出口を探したいと思ったその瞬間から、出口への道を歩きはじめています。
毎日熱心に探してください。
あなた自身の真実とあなた自身の光への道を真剣に求めてください。

悟りを開いた瞬間、あなたが最も深い感謝の念をささげたくなる人は、勇気をもってあなたの真実の顔をあなたに示してくれた人です。
敵意を持った否定的な方法ではなく、あなたへの愛情をもって、あなたが自由に宇宙を飛ぶようになるのを、何としても助けたいと思って示してくれた人です。
そういう人たちは、その瞬間のあなたに対して感じたことを、そのまま正直に告げてくれます。

これまでに何度も言いましたが、あなた方のほとんどは、自分の奥深くに埋めこんでしまった根っこがまだひとつ残っています。
それは怖れに根ざした傲慢さかもしれないし、他人を支配する必要に根ざしたセックスの問題かもしれません。
ここで理解してほしいのは、あなたの闇が何であれ、それは過去世では自己保身の方法だったものに由来しているということです。
過去世ではとても有効だった方法です。
今必要なのはその自己保身法を作り直すことです。

セックスを例にとりましょう。
歴史上のある時代においては、すべての人間ができるだけ多くセックスをするのが絶対に必要だったこともありました。
種としての生存が人口増加にかかっていたのですから。
その目的のためには個人的好みなども無視しなければなりませんでした。

ですから、人間の心理構造のなかには、このような行動は自分にとっても、人類にとってもいいことなのだという意識があります。
現在の地球を見わたすと、これはもう当てはまらないのですが、そういう洗脳された意識がまだあるのです。
現在は、人は自分の好きなように自由な性行動をとることができます。
自分の行動が適切なものかどうかを見分けるには、自分の人生で起きていることや、自分の感情からのメッセージに耳をすますことです。
そうしたメッセージが、あなたは苦しみを生んだり、不適切な行動をしているというものでしたら、そして、同じメッセージが何度も聞こえてきたら、自分の行動を検討すべきだと思いませんか。
そういう人は、自分の行動が過去の心理に根ざしたもので、今の自分には不適当だということに気づかなければなりません。
誰もが自分の心理構造のなかに遅れた部分を持っています。

ここに、もうひとつのすばらしい例があります。
「勤労倫理」と呼ばれるものです。
「勤労」も「倫理」も意味の狭い言葉です。
言葉に冷たいひびきがあるでしょう?
言葉の持つひびきによって、その言葉がどれくらいの広がりを持ったものかわかります。
勤労倫理という言葉は大きな広がりを持っているように聞こえるでしょうか。
この言葉の持つ限界がそのまま世界に鳴りひびきます。
この言葉は特定の意味と目的を持っています。
というのは、歴史上のある時代においては、個人の気持ちや快適さや家族との団らんなどよりも、勤労倫理を第一におくことが必要であったからです。

あなた方が今もそうしているのは、何もあなた方が人の気持ちを大切にしない冷たい人間だからではありません。
あなたは、この世で何世紀ものあいだ用いられつづけてきた行動パターンで、動いているにすぎません。
あなたは、それらの古い行動パターンのうち、どれが今も役に立つのかを選んでいないのです。
あなたのまわりの世界全体が、あなたは働きすぎだと言っているのなら、たぶん、あなたは過去世の経験にもとづいて働いているのでしょう。
今の生き方が、それだけの価値があるかどうか自分に聞いてみてください。
同時に、自分のまわりをながめ、自分の人生やまわりの出来事からメッセージを受け取ってください。
そのあとで、自分の存在の奥深くに入り、どうすべきかを決断してください。

人は習慣から物事を選択します。
これからの数年間は、習慣的パターンにもとづいた行動は自分自身にとって何か不快に感じるはずです。
習慣的パターンは、情け容赦なくたたかれることになります。
あなた方は、地球界が大きな変革を経験しようという時代に転生してくることを望みました。
変革は今可能ですが、それは必ずしも人をいい気持ちにさせることではありません。
しかし、あなたは勇者であるかないかのどちらかです。
あなたがこの時代に転生してくることを選んだということは、これらのパターンに直面する準備が、何らかの意識レベルでできているということです。

まわりの世界やまわりの人々に聞いてごらんなさい。
あなたは閉じられた世界に住んでいるわけではありません。
まわりの世界は、常に真実をあなたに反映してくれています。
勇気がある人は自分の子供に聞いてごらんなさい。
子供は歯に衣を着せずに真実を話す能力があります。
子供たちは真実を話します。
そして、あなたはそれが本当でないことを祈るのです。

これは何も、自分に向けられるネガティブな言葉のすべてを信じよ、ということではありません。
ただ、表面的にはちがっても、同じ内容のことを何度も聞かされるようであれば、それに注意をはらってください。
そして、真の勇者になりたければ、自分から積極的にそれを求めることです。
つまり、自分に向かって「今日、私は心をできるだけ開いて、自分の時間に関するメッセージを何度も何度も聞くようにしよう。
私はどうしても知りたいのだから」と言うのです。
そうやって外の世界に出かけていくのです。

手で顔を隠したりせず、大きく両手を広げて出かけていくのです。
自分の暗闇について聞こうと決断すると、聞くのがそんなにつらくなくなります。
自分が聞きたくないことを聞こうと心を決めていると、自分を弁護しようとしているときほど傷つかないのです。
このちがいがわかるでしょうか。

自分の全体性を取り戻す必要から、勇気をもって心から聞こうとする態度と、相手の言うことをただ受け身に聞くのとでは、大きなちがいがあります。
自己弁護をしているときには、自分を閉じているので、情報はほんの少しこぼれ落ちてくるだけです。
自分の時間に関するメッセージがやってきたときに最初に思うことは、「逃げだしたい」ということです。
けれども、逃げでもそれはやってきます。
自分のすべてを回復するためにあなたが呼んでいるのですから、必ずメッセージはやってくるのです。

自分をごまかさないでください。
あなたのまわりの出来事や人々の一部はウソの証言をするでしょう。
でも、すべてがそうではありません。
自分について本当に知りたいと思っている人は、毎日何か新しいことを学ぶはずです。
自分のすべてでありたいと思う人は、心を開いて耳をすましてください。
未解決の問題が何もないのだったら、あなたは地球界に存在していないはずです。
解決してしまいましょう。
自分を完全に知ることによって、それを解決できます。

すばらしいことに、自分の弱さを本当に知ったとたんに、それを解決するプロセスが自然に始まります。
前にも言いましたが、あなたは自分ひとりでは何もできません。
ですから、自分の存在のなかで常に自分の時間に直面し、目に見える世界と見えない世界の両方に助けを求めるのです。
これには祈りがすばらしい効果をもちます。
自分から暗闇が取り除かれるよう、自分のしていることがはっきり理解できるよう祈るのです。
自分の時間をはっきり見る可能性があると意識している人には、その人の宇宙全体がやってきて、解決法を示しはじめます。
暗闇の部分に光をもたらしつづけていると、やがては消え去ります。
自分のなかの暗闇の存在を認め、それを変えたい、今とちがうようになりたいと願っている自分の気持ちを認めてください。
それをつづけてください。
変わりたいという求めの声を発した瞬間、エネルギーがやってきはじめます。

あなたはただそれを受け取ればいいのです。
そして、自分自身と闘うことをやめたあなたは、体全体がそれまでとはちがって感じられるようになることでしょう。
今までは、自分と闘っていたのだということを理解してください。
自分の時間を見ないようにすることは、自分と闘うことです。
すすんで自ら見ようとすることは、自分の味方になることです。
自分の時間を処理できない人など、ひとりもいません。

自分の未解決の暗闇の部分を認め、それを解決したいという気持ちを認めることから、まず始めたらいいのです。
こうすることで、あなたは51パーセントだけ、自他を傷つけない調和の存在になります。
なぜだかわかりますか。自分の時間に悩まされている人は、まるで、自分の後ろに犬がいて、シャツをひっぱられたり、ズボンをかまれたりして、困っているようなものです。
自分の後ろに自分を困らせ、悩ませるものがいるときには、心から生き生きとして、自分のまわりの人に優しくするのはむずかしいものです。
けれども、自分の暗闇を取りだして、それを自分の前におき、暗闇をもっとよく知りたいと言えば、そこには、暗闇とコミュニケーションをとり、一体となり、解決するチャンスが生まれます。

自分の存在の内面奥深くに入り、自分の時間に注意をはらっている瞬間には、あなたはとても人間らしくなり、すべての人を愛することができます。
人類を愛するには、自分自身が人間的にならなければなりません。
そうでなければ、あなたは人類よりすぐれていることになってしまいますが、上から人を愛することはできないのです。

「悟りを開いた者」はどのように愛すると思いますか。
彼らのパワーはこの地球の下の青い空間の深さよりも深く根をはり、彼らの頭は星とともに宇宙に飛びかい、あなたの目にはとても見えません。
彼らはあなたを上から愛すると思いますか。
彼らの存在は、この全宇宙の創造物を片手で持てるくらい、とてつもなく広大なものです。
それでも、彼らは上から、優位の立場から愛するのではなく、自分の全体性をもって愛するのです。
あなたの存在も同じくらい広大なのですが、あなたはそれを忘れてしまっています。

あなたは自分のことを、このちっぽけな惑星の上を歩いている、ちっぽけな人間だと思っています。
でも、本当はそうではありません。
あなたの頭も星のあいだにあり、あなたの脚も濃紺の宇宙空間のかなたまで下りています。
それほどあなたは広大無辺です。
誰もあなたを助けだしたり、救ったりする必要はありません。
あなたが救う者であり、あなたは救われた者なのです。

あなたがしなければならないのは、目覚めることです。
「目覚める」ということは、今まで自分の後ろに隠していたものを取りだし、自分の視野のなかにおくことです。
「眠れる者」は、自分自身から隠れています。
勇者は目覚め、こう言います。
「準備ができた。
自分をも他人をも傷つけず、調和をもって生きるために、私は知りたい。
自他ともに傷つけず、調和のなかで生きることが、この地球でパワーをもって生きる唯一の道だから」

自分を他の人間よりすぐれているとは思わず、全人類とひとつになりきった人の目には慈しみの涙があふれ、すべてであり唯一である「大いなる一」しか見えないでしょう。
「大いなる一」しかありません。

あなた方の肉体はそのひとつの光を取って、それを何百万何千万の光に分裂しました。
けれども、プリズムを通る太陽の光がもとの一体性を失わないのと同じく、あなた方ももとの光のままです。
あなたが自分の未解決の問題に直面する勇気を持つと、あなたの心が一挙に大きく開かれ、人間は誰でも同じ問題を抱えているのだ、ということに気づきます。

あなた方はみな怖れているのです。
それというのも、自分はこの危険に満ちた世界を、行く先もわからずにすすんでいるちっぽけな存在であると、自分を取りちがえて考えているからです。

この「大いなる一」を前にしたときに人が知るのは、自分の目の前を通りすぎるもののすべては自分そのものであり、それは決して自分を傷つけることはできないということです。
さらに、これまでの人生も、自分は完壁な安全性のなかで生きてきたのだ、ということも知ります。

この地球に一歩を踏みだしたとき以来、ただの一瞬も安全でなかったことはないのです。
あなたほどの広大無辺な存在が、どうして自分の小ささを怖れたりするのでしょうか。
それは不可能です。
あなたは自分の本当の姿を忘れてしまっているのです。
目を覚ましてください。

毎朝、そして起きているあいだ、できるだけ長い時間、自分の真の姿を思いだしてください。
自分の精神がただよう星の海と、宇宙にのびる脚のパワーを思いだしてください。
あなたがその広大無辺性をたとえ少しでも感じれば、そのたびごとに、それだけあなたの意識のなかに広大無辺性をもちこむことになります。
そうなると、今のあなたが自分の小ささを意識すると同じくらいのたしかさで、広大無辺性を意識できるようになります。
けれども、自分が何者かを思いださなければなりません。
思いださなければならないのはそれだけです。

あなたはそんな広大な意識の存在をみずから創造することはできません。
もちろん、その必要はありません。
あなたはすでにそうなのですから。
これまでのあなたは、これ以上小さくできないというほど、自分を小さく考えてきました。
思いだすことで目覚めがやってきます。
必ずやってきます。
目覚めてください。
私たちにはあなた方が必要なのです。


『バーソロミュー
  ―大いなる叡智が語る愛と覚醒(めざめ)のメッセージ』
    (バーソロミュー 著)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

究魂(きゅうこん)

Author:究魂(きゅうこん)

聴く耳を持つ者だけに届けばいい

精神世界ランキング
 ↑誰も押さない?
押してるのは僕だけ?・・・たぶん


魂には幾つかの系譜(けいふ、ライン、ファミリー、霊籍・ひせき)が御座います。

聴く時期に至ったラインのメンバーに届けばと存じます。

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