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十二のパワー因子

この宇宙は慈愛に満ちた世界だということを忘れないでください。
宇宙はあなたの味方です。
自分の不調和に満ちた世界にとどまらず、宇宙の調和とともに生きることを決心した人には大宇宙のあらゆるエネルギーがその人を助けるために集まってきます。
宇宙は、あなたが孤独な殻に閉じこもっていることを望んではいません。
宇宙は、あなたが創造のパートナーとなることを望んでいます。

         バーソロミュー

―――――

十二のパワー因子

あなた方は旅をしているのだということについて、これまで何度もお話しました。
山登りをするのに登山用具なしに出かけたりはしないのと同じように、この地球界での人生の旅に出発したときにも、あなた方はちゃんと旅支度をととのえてきているのに、そのことを忘れてしまっているようです。
そこで、今日は、あなた方がどんな装具をそなえてきたのかを思いだすお手伝いをしたいと思います。

科学の分野では、人間は運動をしているエネルギーであり、そのスピードは速くなったり遅くなったりし、その動きのなかには、明るい色から暗い色までの多くの色を含んでいるということが発見されつつあります。
あなた方が地球界に転生してくるときの基本的な装具のひとつに、十二のパワー因子があります。
この十二のエネルギー因子は人間の意識の一部でもあるので、探す努力をすれば、見つけることができます。
問題なのは、人間はこれらのエネルギーを、パワーとしてではなく、むしろ「問題」とみなすことに慣れているということです。

地球界に形を持つものとして転生してきた目的のひとつは、
十二のパワー因子のそれぞれがふたつに分離していることを理解することです。
それらをふたたび統合し、調和とバランスをもたらすことが任務のひとつです。

これらのパワー因子のいくつかが、バランスが失われた状態で人間のなかを通過すると、その人はそれを「人生上の問題」として経験します。
そして、これらのパワーのバランスをとるという仕事を終えると、その人は地球界では得られないパワーを持つ次の意識の次元に移行します。

自分の内なる「大いなる叡知」に気づいてそれを活用し、十二のパワー因子にバランスをもたらすようになった人は、個性を超えた愛情や優越感のない叡智、倣慢さをともなわないパワー、まわりの状況に関係なく、常に生き生きした状態などを経験するようになります。
こういう感情はすべて、あなた方が「至福」と呼んでいる「大いなる気づき」の状態をもたらします。

肉体は、それ自身の不可思議なすばらしさに満たされて共鳴し、体をふるわせます。
しかし、この感動は自分に向けられたものではありません。
同じものが、すべての創造物のなかを流れていることを知り、そのことに感動するのです。

ですから、人生を生きるにあたり自分のなかを流れるパワーの存在を認め、どのパワー因子がアンバランスかを見つけ、そのバランスを取り戻さなければなりません。
パワーの存在を認め、アンバランスを見つけ、バランスをとる、という三つのステップがはっきりわかっていればこれはむずかしくありません。

完全なるバランスがもたらされたときには多くの人がすでに知っているあの感覚――「人生のすべてはあるべき状態にある」という感覚が生まれます。
だからといって今後その人には何も問題が起きないという意味ではありません。

そうではなくてどんな困難が生じても問題にはならないという意味です。
ご存じのように、世の中には大きな肉体的ハンディを持ちながらもそれを受け入れ、愛を抱き命の不思議に感動し、なかには喜びにさえ満ちた生き方をしている人もいます。
自分のなかのアンバランスを探すには、外的条件ではなく自分の内なる感情を観察することが必要なのです。

十二のパワー因子については、昔から多くのことが書かれてきました。
これに関する情報は、教典のなかに隠されていたり、神話や伝説のなかに秘蔵されたりしています。
そして、これらの教典や神話にはすすむべき道が示されています。
けれども、パワーのバランスを取り戻すことは、自分の叡智だけに頼ってもできることです。

ここで、主なパワーについてお話しましょう。


「ひとりでいること」というパワーから始めます。
現在のあなた方の文化のなかでは、ひとりていることから生まれるパワーが失われてしまっています。
ひとりていることが、孤独の寂しさと混同されてしまっているからです。
このパワーのバランスがとれているときは、自分に必要なものはすべて自分自身のなかにあり、他人を必要とはしないということがわかります。

だからといって、他人といるのが楽しくないとか、一緒に何かをしたりできないとか、他人を慕ったりできないということではありません。
むしろ、自分はバランスがとれており、喜びをもってパワフルにひとりで生きていけるのだ、
ということを知るという意味です。
このパワーを無視すると、人生に大きな困難をもたらします。

現代は、「いつも人と一緒」の時代になってしまっています。
いつも誰かと一緒で、誰もまわりにいないときは、人の代わりにテレビと一緒にいます。

自分ひとりでいることから来る至福の状態を経験する必要があります。
このエネルギーの持つパワーや不可思議を無視していると、自分を満足させるのに、いつも自分以外の他人を求めることになり、心の貧しいアンバランスな状態がつづきます。
ひとりで生きる人生を創りだした人でさえ、それほど賢い人でさえ、ひとりで生きる人生に対しては、アンビバレンス(ambivalence:同一対象に対して、愛と憎しみなどの相反する感情を同時に、または、交替して抱くこと)の感情、つまりは、相反する複雑な感情を抱いています。
このアンビバレンスの感情そのものが、その人の進歩をさまたげています。

「自分自身といることによってのみ、自分についてより深く知ることができる。
したがって、自分はひとりで生きるのだ」と思う代わりに、他人から取り残されて、寂しいと感じながら生きているのです。
ひとりでは寂しいからと、すでに意味のなくなった夫婦関係や恋愛関係をつづけていくと、それが怖れを生みだし、そこからエネルギーのアンバランスをもたらすことになります。
そして、転生をくり返しながら、このパワーの問題にしばりつけられ、先にすすめなくなってしまいます。

自分がどのパワー因子のバランスを欠いているかを知りたければ、心に浮かぶことで、あなたに不安をよびさますものは何かを考えてごらんなさい。
自分が怖れることは何か、と考えるのです。
怖れの幻影はあなたの心理の奥深くにあり、あなたのアンバランスを表しています。


たとえば、お金に対する不安を持っている人がいるとします。
お金がないといって心配する人もいれば、お金があるからといって(!)心配する人もいます。
お金とは、今日の社会における生活の安定のシンボルにすぎません。
お金の背後にあるパワー因子は何でしょうか。
お金の不安に関係するパワー因子とは、「人生を信頼する力」です。
「人は信頼できない。誰も心から私のために何かをしてはくれない」と、あなた方は心の奥深くで信じています。

ここで、別の考え方を提案したいと思います。
人間は、流れつづけるエンティティ(存在)の群れであり、すべての存在が流れ動き、自分を拡張し、創造し、「目覚め」つつあります。
そして、すべての人はあらゆる瞬間、その人のベストを尽くしているのです。
しかも、人は勝手に理由もなく動いているわけではありません。
あなた自身が、自分は行き当りばったりに動きまわっているわけではないのだ、ということに気がつくと、他人も同じだということがわかります。

誰かがあなたとの愛情関係から去っていき、ほかの人が新しくやってきたとしても、それは計画性のない偶然の出来事ではないのです。
そのことに気づいてください。

現在持っている愛情関係がこわれると、とてもつらくなるだろうと人は心配します。
そして、安定を求めて、去ろうとする人を引き戻したり、新しい相手を見つけたりして、自分が慣れたパターンを維持しようとします。
私は何もここで、あなたは一生愛する人を失うことはないとか、つらく悲しいことは起きないと信じなさい、と言っているのではありません。
私が言っているのは、あなたの人生で起きることは、あなた自身の内面の必要性にきちんとしたがって起きているのであり、それが何であれ、今起きていることは重要で、大きな可能性を含んでおり、あなたが必要としていることだということです。

人生のパターンが全く変化しなかったら、非常に退屈な人生になるでしょう。
あなたがここに生きているのは、人生という乗り物のパワーを味わうためであって、同じ風景を見つづけるためではありません。
変わりゆく風景を楽しむことを学んでください。
自分の人生に変化を起こすまいと、過去にしがみつく人が多すぎます。
新しいことや変化を怖れ、それを避けるために、昔のことを語って現在の時間をつぶしています。
こうした怖れは、あなたの頭が創りだしたものです。
あなたの内なる深い「自己」は、あなたが人生を最大限に生かした経験をするように、行くべきところへあなたを導いていきます。

「信頼」というパワー因子は、あなたの人生をかつてなかったほど、新鮮でエキサイティングなものにする力を持っています。
自分の人生にこれらのパワー因子が現れたとき、自分の弱さとしてではなく、力として人生の局面に対処するにはどうしたらいいでしょうか。

答えは自己に対する見方を変えることにあります。

あなた方人間は、これらすべてのパワー因子の源である「大いなる源」から生まれ、多彩な光として外界に出ていくことによって創造されました。
神なるエネルギーの波動のスピードを落とし、肉体という形をまとうことを選んだのです。

悲しみ、苦しむというエネルギーの動きであれ、楽しい喜びのエネルギーの動きであれ、人生のなかに変化があるときには、あなたは命を感じています。
そうしたときに、パワー因子の動きを感じているのです。
この動きに対する自覚こそが、パワー因子に対処するときに、あなたが必要とする力です。

肉体に「死」がおとずれるとき、パワー因子はそのまま生きつづけますが、人はそのことを「魂が肉体を離れた」と表現します。
これらのパワー因子のバランスを取り戻したいと思う人は、自分の体のなかのエネルギーの動きや変化に注意をはらい、どのパワー因子がアンバランスになっているか自問してください。

人生のポジティブな変化や、ネガティブな変化に抵抗している自分を発見したなら、それはアンバランスな因子にぶつかったという印です。
何がアンバランスになっているかわかったら、次に何をなすべきか自問してください。
あなたは、意識している以上に、実にたくさんのことを知っているのですから、答えを知らないと言って逃げないでください。
今現在すべきことは何かを自分に聞いてください。
こうした自分への問いかけは、自分の都合に合わせてするのではなく、アンバランスな因子のプレッシャーを感じているその瞬間にするのです。

抱えている問題があり、そしてその解決法があるのに、それを認めようとしないでいる自分に気づいてください。
自分の立場を守ろうとしたり、擁護しようとしたり、正当化しようとしたりしないでください。
素直に自分に聞いてください。
答えが返ってきます。
その答えは、何かの感覚として感じたり、直感として急にわかったり、心の奥深くて以前からわかっていたと感じる、という形でやってきます。
その答えは、「もうこだわるな。すんだことだよ」とか、「そんなにたいしたことじゃないわよ。気にしないで」というような簡単なものかもしれません。

自分で自分に与えるメッセージや解決法は数多くあります。
けれども、質問しないことにはどんな答えも得られません。
問題とともに常にその解決法も生まれます。
どちらもエネルギーであり、両者はともにやってきます。
そして、自分で答えを出したら、それを行動に移す勇気を持たなくてはなりません。

「そんなことはとてもむずかしい」と感じるようなら、それはパワー因子のバランスをマスターすることを、あなたがあきらめてしまっているからです。
その力を他人にあずけてしまっているからです。
他人はあなたをいくらか助けることができるでしょうが、あなたにとって何がベストかを知ることはできません。
その他人のパワーのバランスやアンバランスの程度はあなたのものとはちがうし、人生経験もちがうので、あなたの質問に本当の意味で答えることはできません。

あなた方は専門家や権威者に頼る時代に生きています。
他人の権威に頼り、自分自身のパワーを失ってしまっているために、パワーが必要なときが来ても、自分にその力があると信じられないのです。
どうか次のことを理解してください。
あなた方がこの地球界での人生を送るためにやってきたときには、人生の旅路に必要な道具をきちんとそなえて来ているのです。

バランスに欠けた人生を送る必要はありません。
自分にとって何が一番よいのかを見つけ、自分の人生に平和と調和をもたらすのは、あなたの責任です。

人間にとってバランスをとるのがむずかしいパワー因子に、「叡智」のパワーがあります。
このパワーのバランスをとるために、知的天才である必要はありません。
叡智のバランスは、その人がこれまで集めてきた情報の量とは何の関係もないのです。
蓄積された知識の量は、その人が今回の人生で、どのくらいの頭脳力を発揮することに決めたかを示すにすぎません。

叡智のパワーのバランスをとるというのは、
「真の叡智とは、すべての人のものの見方や考え方を冷静に観察し、受け入れる能力である」
ということを理解することです。
真の叡智とは、
すべての人はその人自身の見方にもとづいた独自の真実を表現しているのだ、
ということを心から納得することです。

賢者は、これを文句なく受け入れ、自分の立場を擁護したり、他人の立場を失墜させたりする必要を感じません。
自分の叡智がバランスを保っているときには、他人を脅威に感じたりしないのです。

どんなすたれた本であろうとも、本のなかの情報や言葉を通して叡智を感じることはできません。
叡智は生きることを通して経験されなければなりません。
叡智は、この瞬間、あなたにとって何が最も適当なのかということに対する、あなた自身の感覚です。

木曜日にあなたにとって賢明だったことが、日曜日には賢明なことではないかもしれません。
日曜日のあなたは、木曜日のあなたとはちがうあなただからです。

自分自身の真実を見つけることに、自分で責任を持つようにし、自分の真実を他人に押しつけないように心がけると、その人の心の奥深くから叡智がわきでできます。

自分にとって真実であることは、すべての人にとっても真実であり、その「真理」をほかの人すべてに示すのが、自分の仕事だと思っているとすれば、それは責任ある態度とはいえません。

誰が一番賢いかを判断するのは非常にむずかしいことなので、多くの人間関係が、「自分こそが人よりえらい、上だ」ということを証明するための、心理競争の上に成りたっています。

叡智は求めるべきものであり、私もそうすることを勧めますが、他人がどれだけ叡智を持っているとか、いないとかの判断をしないようにしてください。
自分自身の叡智を、外界の尺度をもって証明する必要はありません。
自分自身の内なる感覚が、自分にとっての真理を示してくれる、と信頼してください。


次に、私たちが「責任」と呼ぶパワー因子について話したいと思います。
これは多くの人々を混乱させる概念です。
あなたは自分の人生はもちろんのこと、人生で起こるすべてのことに責任があると教えられてきました。
さらに、他人に迷惑をかけたり、不快な思いをさせないよう、また人や物を傷つけないように生きていく責任がある、と教えられてきました。

自分のしたことが人を傷つけることになるかもしれないと怖れて、この「責任」という言葉やその概念に恐怖を感じる人もいるでしょう。
自分の言ったことやしたことのうちのひとつが、大きな混乱を生みだすかもしれず、それらすべてが自分の責任であると感じると、大変大きな精神的な重荷になります。
子供がいる人は、その子供がすることに対し、その子の一生を通じて責任を感じ、子供が何か問題を起こすと、自分の責任だと感じます。
自動車事故で人を傷つけたり、死なせたりすると、罪悪感を感じます。
人に何かを教えた結果、それがうまくいかないと責任を感じます。
全くきりがありません。

私が話したいのはこういう責任ではありません。
再びここで強調したいのはあなた方はデタラメなパターンで行動しているのではない、ということです。
人間の心や体というエネルギーの動きは、美しくて、エキサイティングで、互いに結合しながらも外に拡張していくようなパターンを織りなしています。
私の言う責任とは、
自分の人生で起こっていることを見て、それが気に入らなかったらそれを変えるのは自分なのだということを理解するという意味です。

自己の成長は変化を通して得られます。
責任をもって変化を起こしたときにすばらしい成長が生まれます。
自分のこれまでの人生パターンは報われないものだとは思っていても、慣れ親しんだものだし、予測がつくと安心なので、あまり満足のいく人生パターンではないのに、それを変えるのを躊躇しているという人がいます。
私が強調したいのは、その人自身のなかに、自分に気に入る人生を創りだすための、責任ある選択をする能力があるということです。

責任というパワー因子にはふたつの面があります。
その一方の端には、何の責任も感じず、人生を目的もなくフラフラと生きていく人がおり、もう一方の端には、すべてのことに責任を感じる人がいます。
このどちらともバランスに欠けています。

では、いつ新たな人生の選択をすべきか、どうしたらわかるのでしょうか。
自分の人生を見直して、自分やほかの人にとって喜ばしくない面を見つけた、そのときです。
そのバランスを取り戻すためにどんな選択をすべきかを見つけるのは、あなたの責任です。
ただし、ふつう、そういうふうには物事は起こりません。
たいていの人は、今の状況を他人のせいにし、自分のこれまでのパターンを何とか正当化して、そのままつづけようとします。
そうではなく、自分の人生を見直し、変える必要を認め、自分の内面に入っていって、その変化を起こすことによって、人は成長するのです。

自分で選んだことは、自分で変えられます。
自分の人生の選択を自分でするという責任を受け入れると、自分の世界を自信と力に満ちてあゆんでいくパワーが得られます。

もうひとつお話したいパワー因子があります。
それは、「物質界におけるパワー」です。
困難に遭遇した場合、落ちこんだり意気消沈したりする人と、何も問題はないと言って事実を見ない人がいます。
これは、エネルギーが物質界で体現化されるにあたり、そのエネルギーがパワフルであるかないか、という違いによって起きます。

落ちこんでいる状態やうつ状態というのは、自分が持っているパワーを使っていないときに起こるのだ、ということがわかると、バランスを取り戻すことができます。
気分が落ちこみはじめたときは、自分をこわがらせているものは何かを自問せよ、という合図です。
こわいと思うのは、変化を怖れているからですが、うつ状態というのは、大きな変化がもうすぐ起こるというすばらしい合図でもあります。

人が心よく受け入れる変化とは、楽しく快適な変化です。
けれども、快適な変化しかないような人生を送るとしたら、人は退屈してしまいます。
自分にとっていやな変化こそが、人を急速に人生の新しい面へと動かしてくれるのであり、パワー因子のバランスをとる作業こそが、物質界での人生をおもしろいものにしてくれるのです。

人生の楽しい面しか見ようとせず、自分には否定的な経験が全くないと主張する人は、人間がこの地球界に転生してきた目的のひとつを避けているのです。
ネガティブとポジティブの両極のバランスをとるということが、その目的です。
自分が感じとることができないもののバランスを取ることはできないし、自分の怖れや、いわゆる、ネガティブ、つまり、否定的な面を感じることを拒否すると、人生の可能性を最大限に生きることはできません。
「自分には何も問題はない」と言い張る人は、ひょっとしたら自分は、問題となるものにうまく対処できないのではないか、と無意識に怖れているからです。
こうした人にとって、パワー因子のバランスを取り戻すという作業は、自分の感情のすべてを見るという姿勢を意味し、そうすることによって、思いもかけなかったような勇気や能力の宝庫が、自分の内面奥深くにあったのだと気づきます。
このことを発見すると、この物質界を優雅に、美しく生きていく力が生まれます。

自分に何かいやなことが起こりつつあると感じることがあったら、まずそれを認め、そして自問してください。
「私は何を感じているのだろうか。
私は何を怖れているのだろう?
何が今私に示されているのだろうか。
私はそれに対して何ができるだろうか」
自分にとって何が問題なのか、体に知覚される感情や感覚を通して、本人が一番最初に知ることができるよう、人間は自分たちを創り上げました。
また、これらの感覚を通して、パワーがふさがれているときも、働いているときも、その存在を知ることができます。

あなた方は、自分の覚醒をできるだけ促すような人生を計画して、転生してきましたが、実際に目覚めるには、現在自分に起こっていることに注意をはらわなければなりません。
あなたの人生に問題がもち上がったとき、その解決策は必ず「十二のパワー因子」のバランスをとることにあるのです。

質問:
なぜ「十二」の因子なのですか。

人間には七つのテャクラがあると言われています。
私もそれに同意しますが、そのほかにあと五つあります。
その五つがここで話したものです。
あなた方はそれをチャクラと呼びますが、わたしは「パワー因子」と呼んでいます。

体のなかで最もわかりやすい七つのチャクラ、またはパワー因子は背骨にそってあります。
そこをパワーが通ると、人ははっきりそれを自覚できます。
これらの七つのチャクラは、生存と性、バランス、感情、愛、意思、霊能力、高い意識、と関係しています。
あなた方が高い意識と呼んでいるものは、そのさらに上にある十二のパワー因子へ移行するごくはじめの段階です。

本当は、あなた方は十二のパワー源を持っているエネルギー体なのです。
人間が調和の状態に入るのは、それらのパワー因子のバランスがとれているときです。
パワーのバランスをとり、物質界を卒業すると、もっとほかのパワー因子が追加されます。

私自身の経験からも、至福はよりすばらしい至福となることを保証できます。
あと十二のパワー因子のバランスをとったら、どれほどのパワーと喜びを感じられるようになるか想像してみてください。
こうして次々とさらに数多くのパワー因子のバランスをとっていくことになり、それは限りなくつづくエキサイティングな道です。

しかし、現在ある十二のパワー因子のバランスを取り戻すまでは、人は物質界を卒業できません。

最初の十二のバランスもとれていないのに、さらにもう十二のパワー因子を追加されたら、どんなにメチャクチャな人生になるか想像できるでしょう。
あなたはとてもそれに対処できないだけでなく、自分自身に対してもほかの存在に対しても、危険な存在になってしまいます。
ですから、ひとつの意識レベルから次の意識レベルへと移行するには、それらのパワー因子のバランスをとっておかなければならないのです。

人生ゲームは、「ミステリー」として仕組まれたものではなく、あくまでも「マスター」するために創られたものです。
何度も言いますが、自分が抵抗を感じる点について、細かく観察し、抵抗を感じたその瞬間ごとに、その問題に向かい合ってください。

人間であることのすばらしさは、人間はコンピューターであるばかりでなく、コンピューターのプログラマーでもあるということです。
自分の内部で何が起こっているのかを、瞬間的に理解する能力を持っています。

あなたが必要なときに、知るべきことを知ることができるのだ、ということを忘れないでください。

「いや、自分は知らない」と思うのなら、それは、あなたがまだそれに耳をかす意思がないということです。
けれども、おもしろいことに、人は今いるところに決してとどまることができないという心理構造を持っているのです。

これまで話してきたあと五つのチャクラ、またはパワー因子は特定の場所にあるのではなく、流動しています。
たとえば、責任のパワーはほかのパワーと同じく、七つの静止したチャクラを稼働させ、そのなかを通っていきます。
これらのパワー因子は常に動いており、七つのチャクラのように直線的なパターンにははまりません。
パワー因子は体のなかを動きまわって、いろんな部分を稼働させたり、それらと影響しあったりします。

たとえば、生存のチャクラと信頼のパワー因子とは交互にそれぞれのバランスをとりあいます。
このように、パワー因子とエネルギーセンター(チャクラ)とはさまざまな組み合わせを生みだし、エネルギー調整のための多くの機会を作ってくれます。

「この世は幻影であるというが、どういうことなのか」とよく聞かれます。
この地球界で、パワー因子といわゆるエゴとの組み合わせで、人が生みだしたものの一部は永続しません。
そして、永続しないものは「幻影」なのです。
あなたが「ひどい親」で、子供に多くの苦しみを味わわせたとしても、その苦しみは永久ではありません。
肉体を超えた次元から見ると、それはまさに幻影なのです。

幻影と「真の現実」とのちがいは、「真の現実」は決して存在しなくなったりしないということです。
幻影は生まれ、形をとり、消えていきます。
あなた方は、すべてただひとつのものから創られています。
ですから、ふたつ以上のものが見える場合、そこには幻影があるのです。

一連のパワー因子のバランスをいったん取り戻したら、もうそれは完了したことなので、同じことをふたたび未来世でやり直す必要はありません。
パワー因子はこの地球界で生じたものではなく、物質界とは何の関わりもない永遠性のものです。
それは、「大いなる源」から生まれたものであり、常にあなたとともにあります。

パワー因子は、物質界と結合するときに役に立ちます。
パワー因子を通して、あなたは物質界の現象を生き生きさせ、燃え立たせるのです。
現象化されたものは死にますが、パワーは死にません。

あなたが今抱いている考えや感情は幻影であり、永続しないのだということがわかって、うれしくありませんか。
昨日はすでに消え去り、同時に、あなたの織り上げた模様の一部も消え去りました。
あなたのパワーによってそれは生まれ、生かされ、そして死にました。
あなたのパワーはそのまま残り、現象は消えてしまったのです。

死後、魂が永遠に罰せられるという理論ほど、地球界の人間をダメにする理論もないと思います。
これは、私が知っている限り、「大いなる創造物」に対する最も悪質なウソです。
これは全くのデタラメなのに、人間の心に実に巨大な怖れを植えつけてしまいました。
この世で、あなたが何を創りだしたとしても、いったんパワーが取り除かれると、現象は消え去ります。
あなたは、「三世にわたって責任がある」どころか、どの世にも責任はありません。
自分のベストを尽くして、自分のパワーのバランスをとるようにし、ほかの人々の努力も認めてあげてください。
自分もまわりの人々も無目的に行動しているのではないのだ、と信頼することです。

あなたの子供は、あなたを親として選んで生まれてきたのです。
あなたが、自分の特定のパワー因子のバランスをとろうとして、奮闘する過程をともに経験することが、あなたの子供にとって必要な課題だったからです。
人は、必ず自分が必要とする課題を選び取っています。

あなたが生きているのは、行き当りばったりの世界ではありません。
自分が創り上げた幻影が何であれ、それはいつかは死ぬのだということを知ることによって、「大いなる自由」を得ることができます。

パワー因子のすばらしさは、あなた方が「永遠性」と呼ぶものにあります。
ここで得られたバランスは、「次の次元」に行くときにもっていけます。
そのバランスのなかから新しい生き方が生まれ、精神的に成長したり、他の人と分かちあうための、新たな機会が生まれます。
幻影は死に、真実のみが残るのです。


『バーソロミュー
  ―大いなる叡智が語る愛と覚醒(めざめ)のメッセージ』
    (バーソロミュー 著)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

究魂(きゅうこん)

Author:究魂(きゅうこん)

聴く耳を持つ者だけに届けばいい

精神世界ランキング
 ↑誰も押さない?
押してるのは僕だけ?・・・たぶん


魂には幾つかの系譜(けいふ、ライン、ファミリー、霊籍・ひせき)が御座います。

聴く時期に至ったラインのメンバーに届けばと存じます。

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