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人間の空間認識の在り方が元凶

「ということは、21世紀には科学技術が存在しなくなるというのですか。」

「そうですね、現在あなたがたが使用しているようなテクノロジーはさほど重要な意昧を持たなくなってしまうでしょう。
物質という概念は人間型ゲシュタルトが作り出しています。
このことがあなたがたの周囲に派生している様々な問題の元凶となっていることにそろそろ気づかなくてはなりません。
人間型ゲシュタルトは宇宙を部分に分け、個体という幻想を作り、精神進化を抑制しようとしています。
プレアデスの調整期であればそれは一向に構いませんが、先ほども申し上げたとおり、すでに上次元は最終構成に入りつつあります。」

※ゲシュタルト:存在を認識する視座。もともとは心理学用語で、形態認識の在り方というような意味。ここでは世界認識の仕方、あるいはリアリティそのものというような意味。

科学をその根底で支えている空間認識の在り方がすべての問題の元凶である・・・おそらくオコツトの示唆しているポイントは次のようなことなのだ。
科学技術の進歩が人間にとって善か悪かという議論をよく耳にすることがあるが、大方の結論は、それは使う側の人間の問題であって、科学自体に対しては善悪の判断を下すことができないというところに落ち着く。
たとえば、核エネルギーは悪用すれば強力な殺人兵器となるが、有効利用はエネルギー資源として人類に多大な恩恵をもたらすといった具合に。
しかし、オコツトの言い方からすれば、このようなものの見方は核の安全性が云々という問題とはまた全く別の次元で、見当遣いの答えにすぎなくなる。
科学の母胎となっている思考スタイルは、明らかに人間型ゲシュタルトに基づいた還元論的、機械論的思考である。
人間相互の絆をことごとく断絶し、エゴの肥大化を促進していくのもまた人間型ゲシュタルトの仕業であるとすれば、われわれは科学技術が進歩すればするほど互いに共感を失い、ますます狭いところへ押し込まれ、私的欲求を果たすためだけの単なる機械人間になり果てるということではないのか。
だとすれば、科学技術に裏づけされた、経済優先の公理によって支えられている現代の民主主義や人権思想とは一体何なのだろう?

「では、地球人が文明の進歩と信じて疑わない科学テクノロジーの発達やそれに伴う産業構造、社会形態の発展は、ますます人間の連帯感や協調性を失わせていくということになるのですか。」

「残念ながら、本質的な部分ではそうなっていくしかありません。
それがフレアデス的統制型の社会が持つ宿命なのです。
現在の科学の進歩は、ますます人間個人というものの独立性を強調し、個体本位の社会を作り出していくことになるでしょう。
これは、科学を生み出した〈物質〉という概念と、身体と同一視された〈自己〉という概念、その両者が同じゲシュタルトの中で形成されているからです。
個別化があまりに極端になると、人間は外部注入的な形でしか全体性の秩序を保てなくなります。

これは、あなたがたが倫理や道徳と呼ぶものの問題が単なる法律の問題として置き換えられていくことを意味します。
プレアデス的統制型の社会は一見、自由で平等を分かち合う社会のようには見えますが、そこに真の自由や平等を築くことは不可能です。
これらは外部注入型による権力支配や管理、監視といったネガティブな側面を助長させざるを得ない力学を裏側には持っているのです。
それがプレアデス的統制型社会が持つ宿命なのです。」

わたしはミシェル・フーコーの言葉を思い出した。
――個人化とは規格化されることであり、主体化とは服従することである――

結局のところ、わたしたちがいかに自由を保障されたかのように見えたとしても、それは権力に制限された自由でしかない。
巧みな監視と監禁の技術・・・これが民主主義権力のテクノロジーが持つスタイルなのだ。
オコツトの言うプレアデス的統制型の社会とは、現代民主主義が目指す社会システムそのものではないのか・・・。

わたしたちは経済成長や、国連の世界平和構想や、民主主義がもたらした人権思想をいかにも人類の進歩的財産として見なしてきた。
しかし、これらの財産はすべて地球環境の犠牲と人間精神の荒廃の上に成り立っているのだ。
そのことを多くの人々がはっきりと知る時期が来ているのかもしれない。

「つまり、地球上のいかなる価値の体系も、それが人間型ゲシュタルトから派生したものであれば、プレアデスの統制下にあるということなのですね。」

「そうです。」

わたしたちが歴史と呼んできたもの、弁証法的運動のもとに絶えず止揚されてきた出来事の進化、民族対立や階級闘争の歴史は、ある意昧においては〈闇の中の闇〉と〈闇の中の光〉との闘争にすぎなかったのかもしれない。
つまり、プレアデスがプレアデス自身の中で自己完結を果たしていくための葛藤にすぎなかったということなのだろう。

「闇の光から離れよ」とはヘルメス文書にある勧告だが、その意味は、この世で光と見えるものさえ、宇宙的真理から見れば闇の一部にすぎないことを意味している。


『2013:人類が神を見る日』
    (半田 広宣  著)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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究魂(きゅうこん)

Author:究魂(きゅうこん)

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聴く時期に至ったラインのメンバーに届けばと存じます。

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