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愛という贈り物

愛の中でも最も純粋なものとは、
あなたが思考のさまざまな次元を探索し、神の精神を広げられるようにと、
神が一人ひとりに与えた自由意志だ。

あなたの神なる意志のほかに、「神の意志」なるものは存在しない。
もし神が、生きるということを、ただひとつの表現方法しかないような、凡庸なものにしたかったのなら、あなたを存在させることはなかっただろう。
自分の明確な目的を持った独自性を表現できるように、あなたに意志を与えもしなかっただろう。

「神の意志」と呼ばれているものは、自分の兄弟たちを統治し、支配するために、人間の手によって創造されたものである。
その教えを信じて、神の意志が自分のものとは別にあると考えてしまうと、つねに「彼の意志対自分の意志」という対立に明け暮れることになる。
なぜなら、あなたが、あることをしたいと願い、それをしなくてはと感じているのに、「神の意志」は、そうしてはならぬと言うかもしれないからだ。

神はあなたと別の存在なのではない。
神とあなたとは同じひとつのものなのである。
あなたの意志はまさに神の意志なのだ。
あなたがしたいと思うことは、まさしく「神の意志の領域」と呼ばれるものであり、神の意志そのものなのである。

したがって、あなたはけっして自分の運命と対立しない。
なぜなら、運命は最初から決まっているわけではないからだ。
それは、すべてあなた自身が決定していくものなのである。
あなたが思うことはすべて、これからやってくる瞬間を創造しているのだ。
あなたのこの瞬間は、まさにほんの少し前のあなたの思考の産物なのである。
それが神の科学というものだ。

父なる存在が、その意思であなたのために決めることといえば、
自分の魂の内にあるさまざまな感情にしたがって人生の全体をすべて体験すベし、
ということだけなのだ。
なぜか?
あなたがよろこびとは何かを知り、神があなたに、そしてすべての生命に対して持つ無条件の愛を知るようになるためだ。

もし、あなたが、どうも神と折り合いがよくないと感じているなら、もしかしたら、神について、あなたのもつイメージをつくり直すべきなのかもしれない。
というのは、もしあなたが神と闘わねばならないのなら、その神は無条件の愛とは言えないからだ。

はじめに父がそのすばらしき自己について思いをめぐらせたとき、父は自分を壮麗な光へと広げた。
そしてそのとき、思考が永遠へと向かって広がっていくプロセスを続けていけるように、その広がりと光から皆の一人ひとりが、それぞれ独自の動きという形をとって、神となったのである。

あなたに神なる本質を与えているのは、あなたには自分の望むとおりの思考を抱き、それを体験する自由があるという点だ。
そして、その自由意志と呼ばれる神なる本質部分とは、愛のことだ。

それは、神からあなたたちの一人ひとりへの贈り物なのだ。
自分が思考を通して思い描く理想は何でも創造できる自由を持てるように、それぞれが意思という神なる本質を持っているのである。

究極の愛とは、生命を、皆の一人ひとりを通した途切れないプロセスにしたいという父なる存在の願いのことなのだ。
愛の中でも最も純粋なものとは、あなたが思考のさまざまな次元を探索し、神の精神を広げられるようにと、神が一人ひとりに与えた自由意志だ。

自由意思は、あなたに独自性を与えながらも、父とひとつとなることも可能にし、それぞれの人間の思考過程が独自の創造性の流れを持ち得るようにしてくれる。
そして、思索と自分の想念の拡大を通してあなたが創造するたびに、あなたを創造し存在させてくれたときに父が自己に対して感じていたのと同じ愛を、あなたはいわば「まねている」のである。

なぜなら、創造とは、あなたの存在の内面にある愛を表し、独自性をもった、自由に動く創造的形体にしていくことだからだ。
それは、氷遠へと向かって生き続けていくものなのである。

にぎやかな出生の瞬間から、父は皆の一人ひとりに、純粋で無条件の契りを与えた。
それはこういうものだ。
あなたが考えるもの、望むもの、何であろうとも父はそれそのものになる。
その契りはいまもあり、これからもずっと変わらない。
その契りを通して、皆の一人ひとりが父なるものすべてを踏襲する後継ぎとなったのだ。
このようにして、父は自分そのものである人生すべてをあなたが理解し体験できるように、その瞬間までの自分をすべてあなたに与えるのである。
父こそがあなたの夢を実現する基盤なのだ。

だが、夢を紡ぐのはいったい誰なのだろうか。
あなただ。
では、あなたの夢はいったい何でできているのか。
想念、神、生命だ。

神そのものである想念すべてをもとにして、あなたはどんな真実だろうと、価値観だろうと、望み、願いだろうとそれを創造することができる。
自分の思考過程で創造するどんな真実でも、価値観でも、父そして人生は必ずそのとおりになってくれる。
そしてあなたが望むどんな想念、理想であろうとも、父なるものは、自分自身でもある物質を通じてこれを具現化し、あなたがそれを体験できるようにしてくれるのである。

あなたへの神の愛の例として、ある神によって生命連鎖の中に長い生命を与えられた蛇という生き物を見てみよう。
この生き物は、さまざまな筋肉と骨がある長く細い身体を持つ。
動きは非常にすばやく、とても大きい頭部には、ただひとつの防御手段である、皮膚を破るほどの力を持つ牙がある。
噛みつけばわずかのうちに大きな体格の人間でも倒すことができるが、逆にどんな人でも蛇を斬ったり、わけなくつぶしてしまうこともできる。

さて、二人の神を考えてみよう。
最初の神は科学的な心を持っていて、蛇をすばらしい生き物として見ている。
脚もないのに動きは大変すばやいし、皮膚には美しい色と模様を持ち、どこまでも続くとさえ思われるような華麗な骨格があるからだ。
別の神がやってきて、蛇はぞっとする下等な生き物だと言う。
噛まれれば危険だし、人間を殺すことができるのだから、ひどい生き物だというわけだ。

すべての生命の「在るということ」である父なる存在にとっては、すべてのものは在るがままの状態で純粋だ。
すべては父そのものである生命の表現という意味においては、純粋無垢な存在なのである。
何かを美しいとか、下等だ、醜いなどとするのは、その対象へのそれぞれの見方なのである。
父なる存在である思考をもとにして、対象に思いをめぐらし、変えていくという創造的な力を持っている私たち神々だけが、本来は真に純粋で無垢なものを、ただ存在する以上の何かであると判断を下してしまうのだ。

神の最高の創造物であるあなたに、この蛇に対して自分の好き勝手な判断を下し、意志を行使する権利を与えるほどの神の愛(蛇という生命の実体もこれだが)とは、いったいどれほど偉大なものであろうか。
生命の力が持つあなたへの愛は、あなたが思考を通して願うものなら何にでもなろうというほど深いのだ。
父なる存在は、何でもあなたが望むものになる。
あなたが変えたいと望むとおりの姿にさせてくれる。
父そのものである生命は、下等で醜悪、卑しいものにも、最高峰の美にも、あなたが見たいと願うものそのままになるのだ。

さて、この父なる存在が、何でもあなたが知覚し願うものになるということ、それもあなたの思考過程のおもむくままにそうなるのは、驚くべきことではないだろうか。
そう、これこそ愛というものだ。

自分の思考はどう使おうとかまわない。
父なる存在のあなたへの愛はけっして変わらないからだ。

神そのものである人生を、あなたがどれほど下等で卑しいものと見ようが、それは神にとっては神そのもの、自分そのものでしかないのだ。
それでも神であり、純粋であり、愛されているものなのだ。
この約束はゆるぎないものである。
父なる存在は、それ自身では価値判断を下すことがまったくないからだ。
父はただ在るのみである。

あなたと神の間の愛に条件はない。
もし神があなたの思考を検閲したり、神自身である生のすべてを体験するのを妨げたとしたら、神を永遠に広げていくという自由が、あなたにはなくなってしまうだろう。

神は、自分のしたいようにする完壁な自由がある状態のあなたを愛している。
あなたの意志は彼の意志だからだ。
それが神とその息子たち、そして神と神自身の間の契りなのだ。
あなたが何をしようとも、どこで神に挑戦しようとも、あなたは必ず愛されている。
神はあなたが望むとおりのことをさせてくれる。
あなたが途切れない存在であり、何者もあなたを神から切り離すことはできないことを知っているからだ。

父なる存在は、あなたの生命の原動力を取り上げることができるような、自分より高次の存在をつくったりはしていない。
だからあなたはつねに存在していく。
ここでの人生が完了すれば、またさらに別の機会がある。
自分の好きなように創造する自由が・・・。

この人生、そしてこれからやってくる人生を、あなたは自分の意志にしたがって生きていくだろう。
そして、その自由をあなたに与えたのは、あなたを愛する存在、あなたの父、全能の神、すべてを愛する者と呼ばれる存在なのである。
あなたは自由な存在なのだ。
意志という力と、愛という能力によって。


『ラムサ―真・聖なる預言』
    (ラムサ 著)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

究魂(きゅうこん)

Author:究魂(きゅうこん)

聴く耳を持つ者だけに届けばいい

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押してるのは僕だけ?・・・たぶん


魂には幾つかの系譜(けいふ、ライン、ファミリー、霊籍・ひせき)が御座います。

聴く時期に至ったラインのメンバーに届けばと存じます。

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