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自分が好きですか?

あなたは自分が好きですか?嫌いですか?

多くの人は、好きなところもあるけれど、嫌いなところもあるでしょうね。
私もそうです。

自分の嫌いなところは是非とも改めて、好きになるように心がけて欲しいです。
そして好きなところは、もっともっと好きになるように磨きを掛けましょう。

――――

あなた(私)にとって、この世には好きな人も嫌いな人も、どちらでもない人も、様々な人たちがいることでしょう。
でも、それはそれでイイのです。
嫌いな人を無理くり好きになる必要はありません。

そんなことをすれば、嫌いな人を無理くり好きになる自分がイヤになってしまいます。
自分が嫌いになってしまいます。

いろんな人たちが降りてきた坩堝(るつぼ)が、「この世」なのです。
「この世」は、いろんな人たちがいることを、それぞれがそれぞれ自身で体験する天界なのです。
だからただ、「いろんな人がいるな~」と観るだけでイイのです。

間違っても、嫌いな人(つまり、その人の間違い)を矯正しよう、などと考えたりはしないでください。
それは宇宙に対する干渉・コントロールであり、宇宙に対する冒涜(ぼうとく)です。

そもそも、宇宙には「間違い」などないのです。
正邪、善悪、高低、美醜・・・など、ないのです。
これらは、「存在」を人間のご都合的な視座で切り取ったちっぽけな属性に過ぎません。

だから、嫌いな人(つまり、その人の間違い)を矯正しよう、などと考えたりはしないでください。

――――

この「物質の天界」(3次元界)は、いろんな人たちが降りてきた坩堝(るつぼ)です。

では、あなたは、どこから、何のために、この「物質の天界」に降りてきたのでしょう?

――――

あなたは、「あなたの冥界」からやってきました。

「あなたの冥界」の住人は、「あなた」です。
「あなたの冥界」には、「あなた」以外の誰もいません。
住人は無数にいるのですが、全ての住人は「あなた」なのです。
触れ合う人々の全てが「あなた」なのです。

触れ合う全ての人々に対する好きも嫌いも、「あなた」に対するものなのです。

ある魂にとって、それは楽しい天界であり、
別の魂にとって、それは辛く苦しい天界であることでしょう。

でも、こんな「あなたの冥界」では、魂は成長が出来ません。

魂の根源の望み・希求は、自身の成長です。
自身の成長――つまり、神になることです。

あなたは自身の成長のために、この「物質の天界」(3次元界)へ降りてきたのです。

――――

「物質の天界」であなたは、自分自身の好きなところをいっぱい発見し、いっぱい創造していけるのです。

自分自身の好きなところ――終局的にはそれは、正邪、善悪、高低、美醜・・・などを超えたものです。
「物質の天界」で体験できる好きなところは、ここまです。
正邪、善悪、高低、美醜・・・などを超えたところが、「物質の天界」でたどり着ける最高の到達点です。

――――

そして肉体の死を迎え、あなたはこの「物質の天界」を去っていきます。

「物質の天界」を去り、あなたは「新しいあなたの冥界」へ行くのです。

新しい「あなたの冥界」の住人は、新しい「あなた」です。
新しい「あなたの冥界」には、新しい「あなた」以外の誰もいません。
住人は無数にいるのですが、全ての住人は新しい「あなた」なのです。
触れ合う人々の全てが新しい「あなた」なのです。

触れ合う全ての人々に対する好きも嫌いも、新しい「あなた」に対するものなのです。

ある魂にとって、それは楽しい天界であり、
別の魂にとって、それは辛く苦しい天界であることでしょう。

――――

自分が好きですか?

あなたは自分が好きですか?嫌いですか?

多くの人は、好きなところもあるけれど、嫌いなところもあるでしょうね。
私もそうです。

自分の嫌いなところは是非とも改めて、好きになるように心がけて欲しいです。
そして好きなところは、もっともっと好きになるように磨きを掛けましょう。

新しい「あなたの楽しい冥界」へ向かって・・・

そして、「あなたの楽しい冥界」は無限にレベルが拡がっているのです。

     究魂 拝
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

宝くじを買った男

質問者(男):いつもワクワク生きていこうとするなかで、私は宝くじを買いました。
バシャールが言う観念の方程式として、
「私は宝くじを買った。
なぜならば、私は当たる」という方程式をつくっているのですけれども、当たらない。

バシャール:当たってワクワクするという以前に、宝くじを買うことそのものが、ワクワクなのだということもわかってください。

質問者:わかるような・・・。

バシャール:すべてのことをホリスティックに、全体像を眺めてください。
「自分は豊かなのだ」と知っているエネルギーで、期待なしに毎瞬毎瞬、一番ワクワクすることを行動していると、豊かさは何らかの形であなたのところにやってきます。

「この行動をこうしたらこうなるからワクワクする」というのではありません。
「その行動そのものがワクワクするのだ」という気持ちで行動してください。
つまり宝くじが当たったらワクワクする、というのではなく、
「買うことそのものにワクワクする」ということです。

このワクワクする豊かさのエネルギーの中にいつもいてください。
その上で考えられる中で一番ワクワクすることが宝くじを買うことであれば買ってください。

でもその宝くじを買った瞬間、これがお金になるかどうかということは忘れてください。
宝くじを買ったことは忘れて、次に一番ワクワクすることに移ってください。
そうするとあなたは、豊かさがもっとも簡単にやってくるドアを見つけたことになります。
なぜなら宝くじを買うことが、一番簡単に豊かになれる方法かどうかわからないからです。

あなたがワクワクした状態から、宝くじを買ったとしたら、あなたは豊かさのアイデアに向き合っていることになります。
けれども「宝くじが当たるという方法で豊かさがやってきて欲しい」という期待は手放していてください。
他の方法でやってくるかもしれないからです。

豊かさの定義もまた大切です。
豊かさとは「必要なときに必要なことができる状態」のことをいいます。
ときにはお金は必要でないかもしれません。
地球上では、お金というのは役に立つものです。
でもそれだけが豊かさの形ではありません。

あなたが豊かさのエネルギーの中にいて、豊かさにワクワクしていたなら、あなたは宝くじを買うことそのものにワクワクするかもしれません。
そうしていれば、誰かがいきなり現れて、あなたに必要なものをくれるかもしれません。
するとお金は必要なくなります。

自分が一番ワクワクすることを行動に起こすのだ、ということに忠実でいてください。
でも豊かさがどのようにやってくるか、その形は期待しないでください。

なぜなら期待を手放すとき、あなたは本当に豊かになるからです。

あなたが何かワクワクすることをするとき、「ただワクワクするから」という理由だけで行動してください。
「その結果にワクワクするから」という理由ではなく。


『バシャール・ペーパーバック8
  ―ワクワク、それは人生に活力を与え続ける機関車』
  (バシャール、ダリル・アンカ 著)
   ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

イマ、ココに全力投球していると「気づき」が生まれる

――適切な問いも、全力投球するイマ、ココから自然と生み出される。
そして、イマ、ココから離れないかぎり、その答えを見逃すことはない。――

アタマが適切な問いを入力すれば、奇跡的な情報処理能力をもつスーパーコンピューターであるカラダは、その答えとして必要な情報や出会いを必ず提示してくれる、と老師は言われます。
そして、「それは何気ない友人との会話であったり、たまたま足を運んだ本屋で見つけた本であったり・・・。
あとは、どれだけそれをキャッチできるか、つまり気づきが大切である」
というのです。

そういえば、「ピザーラ」の創業者、浅野秀則さんも、ピザの宅配業を思いついたのは、スピルバーグの映画『ET』に出てくるピザのデリバリーシーンを見たときだと、本で読んだことあります。

野口体操の創始者、野口三千三さんも
「人間は問いを発することしかできない存在だ。
その答えはカラダが全部教えてくれる。
人間はカラダの声を聞き取る能力を謙虚に磨いていかなければならない」
と語っていますが、老師の話を聞いて、その言葉の意味がよくわかった気がします。

ただ、問題はカラダが教えてくれる答えにちゃんと気づけるかどうかですが、そのとき、もし自分勝手な思い込み(境界線)があると、その答えに気づかないと老師は言われます。
そして、こういう話をされました。
「君がピザの宅配を思いつかないのは当然だよ。
ピザーラの創業者が操縦するガンダムと、君が操縦するガンダムは性能も個性も違うんだ。
だから、同じようにピザの宅配業をやったとしても、君がお金持ちになるとはかぎらない。
君に必要な答えは、君のイマ、ココから飛び出してくるものなんだよ。
だから、答えに気づくためには、君がイマ、ココにいること、イマ、ココに全力投球していることが大切なんだ。

元禄寿司の創業者も、美味しい寿司を少しでも安く食べてもらうにはどうしたらいいか、その答えに気づけたのは、イマ、ココに全力投球していたからなんだ。
イマ、ココに全力投球するとき『~したい』という願いはなくなる。
そのとき、ワシらは子供のように好奇心のかたまりとなっているんだ。
つまり、適切な問いも、全力投球するイマ、ココから自然と生み出されるものなんだよ。
しかも、イマ、ココから離れることがないから、その答えも見逃さないのだよ」

そうなれば僕らは、秘められたガンダムの能力、可能性をどんどん引きだし、ガンダムを思いどおりに操縦する自由を楽しむことができるのでしょう。
ただ「アム口、行きます」と、イマ、ココに飛びこめばいいだけなのです。


『願わなければ叶う5つの真実』(有野真麻(ありのまあさ) 著)
   ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

アタマは問いをカラダに入力するだけでいい

――そんなことはできないと境界線を作らないで、どうしたらできるか、その問いだけをカラダに入力し続ける。
それだけでカラダに隠された能力、可能性を引きだせる。――

鉄砲の弾をよけた植芝盛平については、すでに老師がお話をされていますが、それには、こんな後日談もあるそうです。

「お弟子だった塩田剛三さんの知り合いに、山梨に住む佐藤貞次郎という猟師がいた。
彼は鉄砲打ちの名人で、時速200キロで飛ぶ山鳥のアタマを、百発百中で射抜くことができたらしい。

あるとき、塩田さんから植芝先生が鉄砲の弾をよけた話を聞き
『それでもワシの鉄砲はよけられん。
人間のアタマなんてこんなにデカイ。
ワシは山鳥のアタマを撃つんじゃ。
人間に当たらないわけがない』
と自信満々で山から下りてきたんだ。

植芝先生は、彼の挑戦を快く引き受けた。
道場の奥に植芝先生は正座して座り、佐藤さんは猟銃を構えた。
そして、まさに佐藤さんの指が引き金を引こうとした瞬間、
『待て、あんたの鉄砲は当たる』
と、植芝先生は止めたのだよ。

『あんたにはワシを撃ってやろうという気持ちがこれっぽっちもない。
最初から当たるつもりで撃とうとしている。
そんな人の鉄砲はよけられない。
たいしたものだ』
そう言って、植芝先生は佐藤さんに深々とお辞儀をしたんだ。
彼は大喜びで、山に帰っていったそうだよ」

つまり、佐藤さんの腕前がすぐれていたのは、うまく当てるにはどうしたらいいかとアタマで迷うことがまったくなかったからだというのです。
それは、鉄砲撃ちとして百発百中で当てるにはどうすればよいか、そのことを問い続けた結果、百発百中のカラダを手に入れたからだというのです。

そういえば、僕が自転車を乗りこなせるようになったのも、何度も転びながら、どうすれば転ばないでうまく自転車を乗りこなせるようになるのか、そうカラダに問い続けていたからだと思います。
そのうちにカラダがラクラク自転車を乗りこなす、「いのち」の能力を引き出したのでしょう。

老師の言葉によれば
「ひとたび、その能力を引き出してしまえば、後は、アタマの自分はポンッと指示を入力するだけで、オートマチックに自転車は乗りこなせるんだ。
カラダがせっせと入力された指示を実行してくれているから、アタマの自分はのんびり景色を楽しみながら、サイクリングすることもできる」
ということになります。

そして老師はこう言われます。
「そんなことはできないと頭で決めつけず、どうしたらできるかという問いをカラダに入力し続ければいいんだ。
それによってカラダに隠された能力、可能性を引きだすことができるんだよ」


『願わなければ叶う5つの真実』(有野真麻(ありのまあさ) 著)
   ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

アタマで知りカラダで感じてこそ本当の理解が生まれる

――感じるというカラダの理解は、知るというアタマの理解があるから深くなる。
知るというアタマの理解も、感じるというカラダの理解があるから深くなる。――

物事を理解するのはアタマの作業であると思ってきましたが、老師は、本当の理解は、アタマで知り、カラダで感じてこそ成り立つものだと言われます。

これまで、物事を理解する作業はアタマが行なうものだと思い込んできた僕に、こんな話をしてくれました。
「アタマといっても、それを生み出したものはカラダなんだ。
腹には、消化・吸収作用、排地作用を管理する太陽神経叢(たいようしんけいそう)と呼ばれるものがある。
神経叢とは、家庭の各部屋への電気の配線をまとめている配電盤のようなもので、たくさんの神経が集中するところだ。

それは、アメーバのような単細胞生物から進化し、ホヤのような脊索動物になったとき、すでに存在していたんだ。
ホヤのときは、腸が主体となって呼吸作用、消化・吸収作用、排泄作用を行ない、太陽神経叢がそれを管理していたわけだが、そのうち処理しなければならない情報量が増えて、腸の役割が各器官に分担されるようになり、太陽神経叢の管理する情報も各神経叢に分担されるようになった。

その各神経叢をつなぐ神経の太いパイプである脊髄が伸びてきて、その先端がふくらみはじめたのが脳髄なんだ。

ということは、アタマだけが情報処理をしているわけではなく、カラダ中にある神経叢がそれぞれ情報処理していて、アタマはそれらの情報を管理しているにすぎないとわかるだろう。

結局、アタマもカラダの一部なんだ。
本当に理解したことを体得、カラダで得るというのもそのためだよ。
『腹を割って話す』
『腹に一物がある』という言葉は、腹の中にこそ本当の考えが隠されているという意味、だが、それも、もっともなことだよ。
ワシらの脳の根源は、腸が主体となって生命活動を行なっていた時代に、すでに存在していた太陽神経叢、つまり腹にあるのだから。

だから、アタマの理解にはカラダが必要なんだ。
知るというアタマの理解は、感じるというカラダの理解があるから深くなるのだよ。
逆もまた真なりで、感じるというカラダの理解は、知るというアタマの理解があるから深くなる。

たとえば、ワシは『うなぎのひつまぶし』が大好きなんだ。
ただ食べるだけでも美味しいのに
『このウナギは、現在では産地も少なく、ほとんど市場に出回らない天然うなぎです。
しかも、50匹に1匹しか捕れない薩摩川内産の「入りうなぎ」で、まるまると太って身もやわらかく、脂もあっさりとした究極のうなぎです』
なんて言われたら、美味しきもうなぎ登りに増すだろう。
そのことを知って食べるのと食べないのとでは、味わいにも大きな違いが出てくるはずだ。

つまり、知るというアタマの理解が、感じるというカラダの理解をより味わい深いものにしてくれるんだよ」


『願わなければ叶う5つの真実』(有野真麻(ありのまあさ) 著)
   ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

究魂(きゅうこん)

Author:究魂(きゅうこん)

聴く耳を持つ者だけに届けばいい

精神世界ランキング
 ↑誰も押さない?
押してるのは僕だけ?・・・たぶん


魂には幾つかの系譜(けいふ、ライン、ファミリー、霊籍・ひせき)が御座います。

聴く時期に至ったラインのメンバーに届けばと存じます。

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