巨石に託された想い
小野氏と石坂氏は写真撮影に夢中のようだ。
サチは寒さに身を縮めながら話を続けた。
「ボブ、さっきの続きだけど、もしね、古代の人たちが意識進化して神さまの世界に行っちゃったのなら、その時、進化できなかった人たちってのもいたのかなあ。」
「何で、そんなこと聞くの。」
「だって、神道系の人たちは、もうすぐこの地球に大変なことが起こるから、御霊を磨いておきなさいって言うの。
そうしなければ新しく訪れるミロクの世には生き残れないって。
それってボブがいつも言ってる意識進化と何か関係があるんでしょ。」
「ミロクの世がかい? んー、どうかな。」
「だって、最近、世の中見てるとね、本当に人間の種類が2つに分かれていっているような気が確かにするの。
意識の変化みたいなものが人間に本当に訪れるって感じている人たちと、相変わらず経済のこととか政治の話ばかりしている人たち。
これってね、何か全然、違う人種みたいに感じちゃうのよね。」
「どうかなあ・・・僕はあまり表面的に見ない方がいいと思うけど。」
「そうかなあ・・・・・・」
「だってサチ、誰かが救われて、誰かが救われないなんて考えること自体が何か嫌じゃないかい。」
「別にそんなに深く考えてるわけじゃないんだけど・・・でも、最近、世の中の人って、無茶エゴっぽい人たちと何だかウソみたいに優しい人たちに分かれてきてると思わない?」
「そうだなあ、そういう気がしないでもないけど・・・でも、それだって、結局、両方、自分じゃないのか。」
「両方自分・・・?
それってどういうこと?」
「だって、サチは相手の中に悪いところを見つけて、自分はああなっちゃいけないとか、逆に、相手の中に善いところを見つけて、自分はああなくちゃいけないとか思っているわけだろ?
そうだとしたら、いずれにしても、そう思わせてくれた相手に感謝しなくっちゃ。
善だけでなく、悪にも僕らは手を合わせて感謝しなくちゃいけないんじゃないか。
エゴっぽい人を見てエゴっぽいって判断すること自体が、やっぱりエゴっぽいと思うよ。」
「ん・・・でも、それって難しいよね。」
わたしは、サチには意識進化というものがどういうものなのか、まだ詳しい話はしてなかった。
彼女はとても素直に考え込んでいた様子だったので、意識進化とは何かを教えてあげるつもりで、わたしはオコツトから聞いた情報をもとに彼女に一つの質問を投げかけた。
「サチ、一つ質問していいかい。」
「なに、なに?」
「まずね、人間は死んだら2つのところに分かれるとするよ。
そうだな・・・一つはシリウスA組ってところで、もう一つはシリウスB組とでも呼ぼうか。
この2つは俗に言う天国と地獄のようなところなんだけど、どちらも噂に聞くほどの待遇の差はないとしよう。」
「地獄には針の山や血の池地獄とかなくて、エンマ様もいないってことね。」
「ああ、その代わり、天国だってお花畑や観音様もいない。
ここはいわば次の人生に出発する前の待合所みたいなところで、まあ、どちらも和気あいあいと楽しくやってるんだ。
まあ、B組の方が少しは悪いやつが多いかもしれないけど」
「うん、それで?」
サチは好奇心いっぱいで聞いている。
「でも、次にそこを出る時があってね、この時は少し事情が変わってくる。
つまり、それぞれの魂たちの運命は大きく二つに分けられちゃうんだ。
いいかい、よーく聞いてよ。
シリウスA組に行った魂たちは、それから神さまの世界に入って、死や病や煩悩から解放され、永遠の幸福を手にすることができるとしよう。
そして、逆に、シリウスB組の魂たちは、また人間の世界に生まれてきて、死の恐怖に怯えながらいろんな苦しみの中に生きて、結局は80年かそこらで死んでしまう。
さあ、サチはA組とB組のどっちを選ぶ?」
サチはちょっとの間、考えていた様子だったが、すぐに結論が出たらしく、明るい表情で答えた。
「そうだなあー、B組かな。」
「えっ・・・?」
とても意外な答えだったので、わたしは念のためにもう一度、彼女に確認を取った。
「サチ、B組つてのはまた人間に生まれてくる方なんだよ。」
「うん、分かってる。
わたしは人間の方がいい。」
「へぇー、変わってるな・・・」
意識進化のたとえ話をするつもりが、彼女の予想外の答えに、その時、わたしの中で何かが鈍い音を立ててパチンとはじけた。
そのかすかな刺激は、アッと言う間に全身に広がり皮膚の細胞を細かく震わせた。
――どうして、彼女はこうも屈託なくハッキリと人間がいいと言いきれるのだろう
――わたしは明らかに大きく動揺していた。
「だって、ボブ、人間って素晴らしいじゃない。
こんなに美しい自然があって、泣いたり、笑ったり、怒ったり、人を愛したり、人に傷つけられたり、それなりに、みーんな一生懸命やってるんだから・・・
それって、何かとてもうれしくならない?
神さまなんかになっちやったら、こんなの絶対、経験できないもん。
だから、わたしは人間がいいの。」
わたしはしばらくの間、言葉が出なかった・・・
彼女に悪に感謝しろと言っておきながら、わたし自身が善悪の区別をしているではないか・・・わたしは何も分かってはいなかった。
オコツトにあれだけいろいろなことを教えてもらいながら、このわたしは何も分かっていなかったのだ・・・。
そう、思ったとたん、わたしの瞳から涙が溢れそうになった。
「ボブ、どうしたの?」
「いいや・・・」
わたしは指先で軽く涙をぬぐった。
サチの驚いた表情がかすかに見える。
彼女にはわたしの涙の意味が分かるはずもない。
――そう、これでいい・・・。
これでいい・・・。
彼女の答えでいいのだ。
彼女の答えが正しいのだ。
何もかもが自然に、何もかもが自由に、何ものにも縛られることなく、すべてが予定調和の下に流れていく・・・。
冷たい北風に周囲の空間はより透明度を増していた。
ふと気がつくと、鈍色の雲の隙聞から一条の光が差し込んで来て、みるみるうちにあたり一面を照らし始めた。
これから一体人類に何が見えてくるというのだろう。
いずれ、大いなる終末の日がやって来るのかもしれない。
でも、もう、わたしは、その日を「裁きの日」などとは呼ばない。
それは人間が本当の父と母に出会う日なのだ。
遥平原の彼方に淡い七色の虹が懸かり始めている。
気のせいか、わたしの耳にはストーンへンジの風がオコツトのやさしい囁きのように聞こえた。
――コウセン、もうすぐ地球はオリオン星に変わります――
古代の多くの哲学が語るように、
人間は神自身を映し出す鏡であり、
人間を通してのみ神は己自身を自省することができる。
人間を創造したものが神であるとするならば、神を創造するのも人間でなければならない。
いずれ読者はこの物語の先に、神に対して受動的ではなく、能動的にも振る舞える人間の姿を発見するだろう。
人間と神の間にあるこの「鏡の論理」を看破する知恵こそ神聖な叡知と呼べるものであり、あらゆる学問が究極の目的とするものなのだ。
そして、それはとりもなおさず人間が最終的に到達する生の目的でもある。
神の眼は人間の眼差しによってこそ開かれる。
そして、この眼差しに照明された人間の営みこそが第一知性(NOOS)と呼べるものなのだ。
『2013:人類が神を見る日』
(半田 広宣 著)
・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)
テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体