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あなたはいついかなる瞬間にも
心を開くことができます。

カルマの構造は
それを進んでうけとろうと魂が望んだ瞬間に
完全に克服されるのです


この世界ぜんたいは
多少ふらつきはあるにせよ
空間の中を整然と
回転しながら進んでゆく幻影です

あなたがたはよい生徒であるので
この幻影を受け入れ
ここへ来て学ぶことを受け入れました

あなたはこの幻影の中にとどまり
ここへきた目的が達成されるまでは
幻影を信じることを約束しました

目的達成ののちには
それを手放すことができます


わたしは何を言おうとしているのでしょうか

一言いたいのは、
あなたがたはみな契約書にサインしてから
ここへ生まれてきたということです

契約書には「わたしはこのゲームに加わって
すべてのルールに従いましょう」と書いてあります

それは必要なことです

物質的人間という教室にいてさえ
学ぶというのは難しいことです

あなたが
先生を先生と認めず
黒板は何かを書くためにあること、
教えられることには価値があると
認めない場合には。


ですから、わたしがここにきたのは
反抗を勧めるためではなく
あなたのしていることは価値あること
学んでいることは必要なことだと
保証するためです

でも、これらいっさいは
単につかのまの幻影にすぎません

あなたがたの大いなる部分はここ、
光の真理の世界に存在しています

いつかあなたがたはこの故郷にもどるでしょう

故郷にもどるのです。

それを約束しましょう


『エマヌエルの書』
    (パット・ロドガスト 著、ヴォイス 刊)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

「神」はあらゆるものである一つの巨大なエネルギー場/意識


天国と地獄は、人がいかなるときでも経験することができる心の状態だ。

われわれは地球上に地獄を持つこともできるし、あるいは地球上に天国を持つこともできる。
それは自らの選択、すなわち心の状態がそれを決定する。

神は、あらゆるところに存在する。
なぜならば、「神」はあらゆるものである”一つの巨大なエネルギー場/意識”だからだ。
神はあなたの肉体であり、心であり、草であり、木であり、空であり、雨だ。
あらゆるものだ。

もし、神が存在するならば、それはエネルギー/意識の同じ海の表現である。
そして、われわれは、それを神と創造と呼んでいる。
水と雲と氷(液体と気体と固体)は違った状態で存在していても同じ物質であるように、あらゆる創造物は違った存在形式をとっていても同じエネルギー/意識だ。

人間は、意識の大きな海の中にある意識の滴(しずく)に似ている。
われわれは個人だ。
この点で、意識は人のたくさんの経験の総合計であり、それらの経験は別のすべての滴と違っているだろう。

しかし、動物と、見虫と、木々と、花々と、地球外生命体と、あらゆるもののエネルギー/意識と一緒に、人は「神」と呼ばれる大きな海を形作る。
それは個々の水滴が、一緒になって海を創るのと同じ原理だ。
オーストラリアの海岸に砕ける波は、アイルランドやニューヨークの岸壁に打ちよせるかたまり同じ水の塊(かたまり)の一部分だ。

同じように、動物たちもあなたと別のものではない。
動物たちは、あなただ。
木々と、草と、水も同じようにあなただ。
あらゆるものがあなたであり、あなたはあらゆるものだ。

もし、あなたが神の一つの表現を傷つけるならば、あなたはあなた自身を、あなた自身のもう一つの姿を傷つけていることになる。

「天に在(ましま)す」どころか、わたしたちが神と呼ぶ無限の意識はあらゆるものであり、あらゆるところにある。
それはあなたであり、あなたのまわりのあらゆるものであり、われわれが見ることができない別の「世界」のすべてを含んでいる。

それは、すべてが同じ空間を分かち合い、互いに浸み込むような終わりのない時空間の現実(世界)からなっている。

ラジオ局やテレビ局の周波数が、あなたの肉体が今占拠しているのと同じ空間を分かち合うように、異なった周波数、あるいは次元が同じ空間に存在している。
それらの局の一つに接続するためにあなたがすることは、テレビやラジオを特定の周波数に同調させることだけだ。

ダイアルを回すと一つの局は「消えて」、あなたはもう一つの局に同調する。
あなたがダイアルを特定の局から動かしたとき、その局は存在しなくなるわけではなく、たとえあなたが二度とその局を選局しなくても、何が放送されているか気づかなくても、その局は放送を続けている。

そのように、神は創造物の無限の周波数とともにある。
当座は、あなたの意識はこの「局」に、すなわちわたしたちが濃密な物質世界と呼ぶものに同調させられている。

しかし、たとえ気づいていなくても、すべての別の創造物の周波数は、わたしたちが占拠している同じ空間に存在し続ける。
物質的な身体と脳は、現実に感じたり見たりしているより、ずっと多くのものを知覚からふるい落としている。

創造物の全体は、あなたが今占拠している同じ「空っぽ」の空間の中に存在している。
つまり、天の王国は、あなたの中にあるのだ。

しかし、この天国の王国の無限ともいえる創造物のほんの一部を除いた他のすべては、人の物理的感覚の周波数の域外で作動している。
従って、これらの「隠された」レベルまで、物質的肉体よりも高い周波数域に作用する霊魂の感覚を使うことによって、少しは同調できるかもしれないが、それを見ることはできないし、それを聞くこともできない。

今、それはあなたの物理的感覚では「空っぽ」に見えるかもしれないが、あなたの周囲と内部の空間は、電子的かつ電磁気的エネルギーが無限の数の波長で満たされ、それぞれの状態で作動することによって、実際輝いている。

人が「死ぬ」とき、意識は物質的肉体とこの濃密な物理的波長を去って、永遠の進化をどこかで続けるために、もう一つの「局」に同調する。
眠っている間、意識はこれらの別のある波長を通じて旅をする。
だから、「妙な」夢を見る。
それはこれほど単純なことなのだ。


『超陰謀 粉砕篇―テロ・戦争・世界の警察・金融支配』
    (デーヴィッド・アイク 著、徳間書店 刊)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

現実とは何か

現実とは何か。
それはどんなふうにでも考えられる。

私たちはそれぞれ自分だけの、二つとない宇宙に生きている。
そうした宇宙には共通の合意点というものがあって、たとえば窓から外を見ることができる。
そうして木が見え、家が見え、車が見えるという点では誰もが一致する。

しかし、そこから先となると、私たちは世界を微妙に、ときにはまったく違った見方で見ていたりする。

車が見える。
だがある者はそれをすてきだと思い、ある者はそれを見てぞっとすると思う。
男か女が見えるとする。
誰かがその人をきれいだと思っても、他の人はそう思わないことがある。

それは私たちが違った波長を持っているためであり、違った宇宙からものを見ているためである。

一つの話題について1000人の人に議論をさせたら1000通りものさまざまな意見を得られるだろう。
同じ物事でも、1000人いれば1000通りの見方がある。
それは1000の違った宇宙からそれを眺めているからだ。

地球上には肉体を持った宇宙が何十億もあり、そのそれぞれが、五感が知覚できるもの以外には何も存在しないと信じている。
しかし他者から見れば、そんな知覚の範囲など、数えきれないほど存在する宇宙のうちのごく一部にすぎない。

すでに言ったように、正しいとか誤っているとかいう問題ではない。
ただ違っているというだけだ。

一人の人間、一つの宇宙が一つの現実感覚を他者に押しつけようとするのは何と倣慢な妄想だろうか。
それは精神的ファシズムだ。

私たちが現実と呼んでいるものは単なる波長であって、それに私たちが結びついているだけだ。
五感の範囲でしか可能性を考えられない人は、その先の大無限界までを知覚できる人とはまったく異なる現実を見ているのである。

五感の見せる幻影だけしか受け入れられない人は、いま見ているものが存在のすべてだと信じている。
私たちが生まれるのも、行き当たりばったりの事故のようなものだと考えている。
短くて数秒、長ければ1OO年ほど、化学的に作られた「意識」のようなものを持っていて、あとは存在しなくなるのだと信じている。

なかには「死」の後、自分たちはこの五感の現実感覚のどこか別の場所、永遠の楽園か永遠の地獄へ行くのだと信じている者もいる。

しかし、五感の牢獄の先までが見える者には、私たちがみな一つの無限の意識であること、すべてのエネルギーは意識なのだということがわかる。

それゆえに、どんな形で存在していようとも、あらゆる存在は統合された一つの全体、一つになった無限の心と魂、の一部分なのだとわかる。

私たちはみな一つのものだ。
お互いが自分自身だ。
五感によってお互いの間に分離と「空っぽ」の空間の幻影を見ていても、この知覚の牢獄の壁の向こうには、すべての意識と、文字どおりすべてのエネルギーがある。
「空っぽ」の空間などない。
私たちの間にも、どこにも。

それは五感の知覚できる周波数の範囲を超えた、エネルギーの振動なのだ。
より鋭い感覚、言わば「霊的感受性」を持つ人あるいはそれを取り戻した人だけが、このエネルギーを感じることができる。

私たちはそれを思考ではなく「雰囲気」として感じ取る。
良い「感じ」とか悪い「感じ」、感覚として感じとる。

五感の外にまで拡大された人間は、神聖なる無限が異なる波長で振動する意識の海であり、私たちはその海の一滴なのだということを理解し始める。

私たちの一滴は、無限の中にある私たち一人ひとりの独自の宇宙として現れる。
私たちは、無限と分離して、他と離れた一滴となる道を選ぶこともできる。
五感の幻影を受け入れるときにはそれが起こっている。

肉体を持った私たちの意識は、五感の幻影にすっかり惑わされて大海から分離し、無限の可能性のほんの小さなかけらの中に生きている。

しかし私たちは、心と知性を解放することで、私たちの存在全体と再び結びつくという選択もできる。

それができれば、私たちはただ無限の大海の中の一滴というだけでなく、私たち自身がその大海に他ならないのだということに気づく。

海岸で海水を一滴手のひらに載せ、それを孤立したものとして眺めることができる。
そのとき見ているものは一つの象徴、それも深遠なる象徴だ。

すなわち、現在および遠い「過去」において、この地球という惑星の人間の大半はその水滴と同じなのである。
彼らは互いに繋がらず、ばらばらで、海というものがあることさえ知らず、自分たちがその一部であることや、自分たちが海そのものであることなど、まったく思いもよらない。

彼らは五感の現実感覚を、それだけを信じるように巧みに操作された人々だ。

手のひらを傾けて滴を水中に落とせば、それはもう「海の一部」ではない。
それ自身が海だ。

なぜなら、その一滴はすでに他の滴すべてと繋っているのだから。
これが私たちの本来の状態だ。

私たちは無限なのだ。
今ここに存在し、これまでも存在し、これからも存在するもの、そのすべてが私たちなのである。

五感の牢獄を破って自由になるとき、私たちは無限のさらに高いレベルにアクセスするようになり、ものの見方は劇的に変化することになる。


『究極の大陰謀―“911”テロの最終審判〈下〉』
    (デーヴィッド・アイク 著、三交社 刊)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

五感の牢獄で見えているのは幻影の「世界」



私たちの住んでいるのは「世界」などではない。

私たちの住んでいるのはある周波数帯域の中、つまり五感がアクセスして知覚できる範囲にすぎず、五感の知覚範囲というのはちっぽけなものだ。

無限の宇宙というのは高層ビルのような構造物ではない。
「天国」は空の上にはない。
空にあるのは空だ。
無限は同じ空間を共有する無限の周波数からなっている。

あなたのいる場所で放送されるすべてのラジオやテレビの電波が、あなたの肉体がある場所と同じ空間を共有しているのと同じような具合である。
それらの放送電波はあなたの身体の周りにあるだけではなく、同じ空間を共有している。
それができるのは、こうした電波があなたの身体と(そして他の電波と)違う周波数帯域ないし波長で動いているからだ。

周波数が本当に近いときにしか私たちはその「干渉」を受けない。
そうでないときはお互いの存在にはまったく気づかないのだ。
すべてはまさに別の周波数、別の「現実」あるいは「世界」で活動していることになる。

ラジオをある放送局、たとえばラジオ1に合わせたとしよう。
ラジオ1が聴こえるはずだ。
ラジオ2や3や4は聴こえない。
それらは今ラジオが合わせてあるのとは違う波長で放送されているからだ。

では、ラジオ1の周波数に合わせたダイヤルを動かして、ラジオ2の周波数に合わせてみよう。
こんどは確かにラジオ2が聴こえてくるだろう。
だが、ダイヤルをその波長から外したからといって、ラジオ1が放送をやめてしまったわけではない。
放送は続いている。
存在している。

あなたが注意や意識を何か他のものに合わせているときも同じだ。
無限の宇宙は、まさにこの原理の上に機能している。
無限はあなたの中に存在するとか、象徴的な意味で、天の王国はあなたの中に存在するとか言うことがあるが、これは正しい。
無限はすべて私たちの中にある。

なぜなら、あらゆる無限はすべての空間を共有しているのだから。
しかし大事なのは、私たちの五感でその無限のすべてを確かめることができないということだ。
ちょうどどこかの局にラジオを合わせたとき、他のどの局も聴くことができないのと同じだ。

私たちに確かめられるのは、無限のうちの見る、聞く、触れる、喚ぐ、味わうという五つの感覚の周波数で振動しているごくわずかの部分だけだ。
これが、私が五感の牢獄と呼んでいるものである。

たいていの人は、この巧みに作り上げられ操作された幻影の虜となり、それが存在のすべてだと信じ込んでしまう。
彼らにはそれしか現実はない。

この考えは「教育」システムやマスメディア、「科学」などでさらにしっかりと根づかせられ、条件づけられている。
どれも、五感で感じられる「世界」だけが唯一の存在だという信念に支配されたものだ。

『究極の大陰謀―“911”テロの最終審判〈下〉』
    (デーヴィッド・アイク 著、三交社 刊)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

五感はあてにならない

私たちは、私たちが信じる通りの存在であり、
また信じ込むように操作されている通りの存在でもあります。

『無限の愛こそ唯一の真実。他はすべて幻にすぎない』でも触れたトピックについてのとてもいい例があるんです。
1990年代の初めにマイケル・タルボットが『投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待』という素晴らしい本を書きました。
その中にマイケルの父親がパーティを開いた時の話がある。

メインゲストには催眠術師が呼ばれていました。
ジャガイモを食べている人にそれをリンゴだと思い込ませるようなこともするわけです。
ですが、ここでのポイントは、五感というのはただ単に周波数帯域にアクセスを取り、それを電気的信号に変換して頭脳に伝える作業だということです。

頭脳は電気的信号を現実へと解読するわけですね。

もし私があなたの腕を叩いても、電気的信号が脳に伝わるまで、痛いとは感じないわけです。
痛いと思うのは、腕じゃなくて脳なんです。
舌で味覚を感じるわけではなくて、脳で知覚するんです。
味覚が電気的信号を脳に伝達することで知覚されます。
目でものを見るわけではなく、電気的信号が脳の視覚皮質に伝達されるんです。
目はその他の感覚器官と同じく周波数を復号する装置なんです。

ホログラム的現実世界に翻訳されるんです。
もし催眠術師が頭脳にリンゴを食べているという情報を吹き込むとします。
ジャガイモを食べているので味覚芽はジャガイモを感知して、電気的信号を脳に送りますが、脳はリンゴを食べているという情報を信じ込むようにプログラミングされているので、リンゴを食べているというメッセージの周波数を復号します。

現実社会のレベルで考えると、そういったことは日常茶飯事的に行われています。
私たちは日常的に黒が白、赤は青、ジャガイモがリンゴだと教え込まれています。
プログラミングされた信条を疑いも持たずに飲み込んでしまうと、操作者たちが仕向ける通りに現実世界を解釈してしまうことになります。

さてパーティに話を戻すと催眠術師はトムという男に「目が覚めた時にあなたの娘さんはこの部屋にいません」という催眠術をかけました。

彼が覚める前に催眠術師はトムのすぐ自の前に娘を連れてきました。
しかし目覚めたトムは部屋を見回し、娘はこの部屋には見当たらないといいます。
彼の娘は笑っていますがトムには聞こえません。

催眠術師は娘の背後に回って、時計を持ちその時計の刻印を読むように命じます。
時計とトムの間には娘が立っています。
現実世界の常識から考えて不可能だと思うかもしれませんが、常識とは我々が信じ込むようにプログラミングされたものです。

トムは娘の背後にある刻印を読んだのですが、これは今言ったことを踏まえれば不可能なことではなく完全に論理的です。

トムの娘が物理的三次元ホログラム的形状で存在する唯一の世界は、トムの脳内だけなんです。
トムの頭の外の世界では、娘は周波電磁界なんです。
催眠術師がトムの頭脳に「娘はこの部屋にいない」とプログラミングすれば、娘の電気信号を脳内で再現しないんです。

コンピュータのファイヤーウォールと同じ論理ですね。
トムの頭脳に「娘はこの部屋にいない」というファイヤーウォールがインストールされたということです。


『さあ5次元の波動へ 宇宙の仕組みがこう変わります』
    (デーヴィッド・アイク+江本勝 著、徳間書店 刊)
  ・・・掲載に際して一部の文章を割愛しました(究魂 拝)

――――――

『投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待』
   マイケル タルボット(著) 春秋社 刊 より

私自身が1970年代半ばにこの目で見たある出来事を紹介したい。

ある日、私の父が、数人の友達を家に招き、余興にプロの催眠術師を雇ったのだが、その席に私も招かれていた。

みんながどれだけ催眠術にかかりやすいかを判断したのち、催眠術師はトムという名の父の友人を被験者に選んだ。
トムがこの催眠術師に会うのはこの日がはじめてだった。

トムはやはりきわめて催眠術にかかりやすいたちで、一瞬のうちに催眠術師は彼を深いトランス状態へといざなった。
そして舞台の上で観客を前にしてよく行なわれるようなさまざまな悪戯を披露したのである。

まずはトムに部屋の中にキリンがいると信じこませ、驚きで息を詰まらせたり、ジャガイモをリンゴだと思わせて本気でそれを食べさせたりもした。

だが、なんといってもその夜のハイライトは、トランス状態から覚めたら、彼のティーンエイジャーの娘ローラの姿がまったく見えなくなっていると催眠術師がトムに告げたときだった。
そして、ローラをトムが座っている椅子の目の前に立たせ、トムの目を覚まし、彼女が見えるかどうかたずねたのである。

トムは部屋をぐるりと見回したが、彼の視線はクスクスと笑っている自分の娘を素通りしてしまっているかのように見えた。
「いいえ」と彼は答えた。
催眠術師はあらためて本当に見えないのかと念を押したが、ローラの笑い声がますます高くなっていたにもかかわらず、彼は見えないと答えたのである。

そしてつぎに催眠術師は、自分の姿がトムに見えなくなるようにローラの後ろにまわり、ポケットからある物を取り出した。
彼はこれを部屋の誰にも見えないように注意深く隠して、ローラの背中の上のほうに押しつけた。
そしてトムにこれが何だか当てるように言ったのである。
トムは体を乗りだし、あたかもローラの体を見通すかのようにじっと見つめると、それは時計だと言った。

催眠術師はうなずくと、今度は時計に刻み込んである文字が読めるかどうかたずねた。
トムはなんとか文字を読み取ろうとしているかのように目を細めると、時計の持ち主の名前(部屋の中にいた人は誰もその名を知らなかった)とそこに彫られているメッセージを読み上げたのである。

ここで催眠術師はその物を皆に見せたが、たしかにそれは時計であり、それを部屋にいた全員に回し、刻んである銘文をトムが正しく読んだことを確かめさせたのだった。

後で私はトムに聞いてみたのだが、自分の娘は絶対に見えていなかったと言っていた。
目に映っていたのは、催眠術師が手のひらに時計を握って立っている姿だけだったのである。

催眠術師が何も言わなければ、私たちの合意の産物である通常の現実を自分が知覚していなかったことなど知る由もなかっただろう。

トムが時計を知覚していたのは、明らかに五感を通して受けとった情報によってではない。
はたしてその情報はどこから得ていたのであろうか。

ひとつ考えられる説明は、誰か他の人の心、この場合は催眠術師の心からテレパシーで読みとっていたというものだ。
催眠術をかけられた人間が、他の人の感覚に「入り込む」ことができることは他の研究者も報告している。
イギリスの物理学者ウィリアム・パレット卿は、ある若い女性を使った一連の実験でこの現象が存在する証拠をつかんでいる。
催眠術をかけた後で、パレットは彼女に対し、自分が味わうものは全部彼女にも味がわかると告げた。

「彼女のうしろに立つと、私はまず塩をとって口に入れてみた。
その瞬間、彼女は口から吐き出すようにして言った。
『なんで塩なんか入れるのよ?』
つぎに砂糖を試してみた。
『ああ、これならいいわ』。
どんな味がするかたずねると『甘い』と答えるのだった。
続いて辛子、胡椒、生姜などを試した。
私が何を口に入れても彼女はそれを当てることができたし、明らかにその風味を味わうこともできるようであった」。

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ジャンル : 心と身体

人から、どう思われるか

Thrive(繁栄)より
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

デーヴィッド・アイクの言葉

―――――

最大の監獄は、『人から、どう思われるか』という「恐怖心」です。

散々、白い目で見られた私は、他人の目を怖れる心から飛び出しました。

そうすることで、初めて、「何と酷い牢屋に入っていたか」に気づけるのです。

私は、少数の人が大衆を支配するのが如何に簡単かを、自分なりに理解できるようになりました。

社会的規範、物事の善悪、何が道徳的で、何が不道徳か、何が可能で、何が不可能か
を決めてしまえばよいのです。

そして、「問題無しゾーン」というものを作り上げます。

そのゾーン内での認識、信念、言論、思想に沿って暮らす人は、
「普通」と見なされるので、誰かに煩わされることがありません。

この「囲い」から出て、個性を表現し始めると、
規範からはみ出したと見なされることになり、
イルミナティにより刑務所の看守に仕立て上げられた人間集団が、
よってたかって、はみだした人たちを非難するのです。

面白い事に、言論と思想の「問題無しゾーン」の端に来ると、
「世界銀行の総裁に、何と言われるか?」とは思わないのです。

むしろ、「母は、どう思うか?」、
「飲み仲間や会社の人たちには、何と言われるか?」
と考えるのです。

イルミナティは、「規範」を創り上げることによって、
その規範をお互いに強要する一大集団を創り出したのです。

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プロフィール

究魂(きゅうこん)

Author:究魂(きゅうこん)

聴く耳を持つ者だけに届けばいい

精神世界ランキング
 ↑誰も押さない?
押してるのは僕だけ?・・・たぶん


魂には幾つかの系譜(けいふ、ライン、ファミリー、霊籍・ひせき)が御座います。

聴く時期に至ったラインのメンバーに届けばと存じます。

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